小学4年の娘が「1・50」を「いってんごじゅう」と読んだので「いってんごーぜろだよ」と間髪入れず指摘するといきなり「もういい」と泣き出した。こちらは宿題を手伝ったつもりだったので面食らったが、数日後に娘から事情を聞いて合点がいった。学校の授業で同じ間違いをし、級友に笑われたという。その上私にも一笑に付され、娘はさらに傷ついたのだった。どう慰めたものか。ヒントを求めて本書を手に取った。
広島県の小学生を対象に、認知心理学の研究者の著者らは新たに開発したテストを実施した。簡単に言えば、従来の学力テストと心理テストの欠陥をつなぐように設計されたテストである。その分析について論じたのが本書だが、ユニークなのは誤答に注目している点だ。
紹介されている誤答例は実に多彩だ。著者らはそこから子供たちが持つ様々な認知能力を読み取り、誤答に至った背景を探っていく。たとえば1/2と1/3の比較で1/3の方が大きいと間違える子供がいる。このことはその子が「数はモノを数えたり、測ったりするためのものだ」という狭い認識しか持っておらず、数の相対的な関係性にまで理解が及んでいないことを示唆するという。
本書の読者対象として想定されているのは教育関係者であるため、統計分析や、テスト実施の注意点などについて多くの紙幅が費やされている。その点、一般の保護者にはややとっつきにくいが、本書から子育てのヒントをくみとることは可能だ。著者らの分析によれば、「1週間前(後)」「前後左右」など時間や空間に関する言葉に対する理解度が、従来の学力テストの成績と強く相関していたという。それなら家庭で子供と日時や位置関係を意識的に考える機会を増やすといいのかもしれない。
専門的な概念を丁寧に説明してくれているのもありがたい。スキーマ(暗黙の知識)、実行機能(必要な情報と不必要な情報を取捨選択する能力)、作業記憶能力(情報を短期的に記憶して様々な操作をする能力)、視点変更能力(他者の視点から物事を見る能力)、推論能力など認知心理学の基本を身につけておけば、我が子の宿題を見るときに役立つだろう。「よく考えなさい」とか「読解力を付けなさい」といった大ざっぱな忠告よりましなことが言えるはずだ。
本書でたくさんの誤答例に触れたおかげで筆者は娘の「いってんごじゅう」という言い方に、彼女なりの位取り記数法に関するスキーマが潜み、それに基づけば合理的であることに気づいた。「いってんごじゅうはおかしな間違いではないよ。その間違いのおかげで小数を深く理解できた子もいるはずだから、どんどん間違えればいい」と声をかけた。娘には「そんなポジティブになれない」と言われたが、少し気を取り直したようだった。
いまいむつみ 慶應大教授。著書に『英語独習法』等/楠見孝 京都大大学院教授/杉村伸一郎 広島大大学院教授/中石ゆうこ 県立広島大学大学教育実践センター准教授/永田良太 広島大大学院教授/西川一二 大阪公立大学国際基幹教育機構高等教育研究開発センター特任助教/渡部倫子 広島大大学院教授
みどりしんや/1976年、大阪府生まれ。サイエンスライター。著書に『認知症の新しい常識』『消えた伝説のサル ベンツ』など。