「劇場型」なのは、オリックス・バファローズそのもの
平野投手の投球内容は、防御率や奪三振率は平均より若干悪い。他方WHIP、つまり1回あたりに出すランナーの数は平均以下なので、ランナーはさほど出しておらず、四死球は寧ろ少ない。多くの人々の頭の中にある豪快なイメージとは違い、平野投手、実は丁寧に投げている。
にも拘わらず、「ホームランが出れば勝敗要素が変動する場面」の割合は他の投手より大きく、その数字は実に51%にも達している。つまり、平野投手が打者を迎える局面では、半分以上が「ホームランを打たれたら誰かの勝ち星が消える」状況になっている、という事である。それでは、「劇場型」の平野投手は「やばい場面になるとスイッチが入ってパフォーマンスが上がる」のか。意外な事にその答えはNOだ。勝敗に関わる場面と関わらない場面、平野投手の場合、両者での被打率は殆ど同じ、統計的な誤差の範囲で、寧ろ、少し悪くなっているくらいである。他の抑え投手の場合、この数字はピンチを迎えた場合の方が逆に少しよくなっているから、ここでも平野投手は淡々と投げている事になる。
まとめると平野投手は数字上では、多くの抑え投手と比べても、場面が変わっても淡々と投げ、四死球も連発せず、安定して投げている部類に入る事がわかる。ピンチで投げる場面が他の抑え投手より多いのは、そもそも1点差での登板が多いからだろう。「劇場型」なのは、平野投手ではなく、オリックス・バファローズという球団そのものの方だと言ってもいいかも知れない。つまり、平野投手は、他のチームの抑えより、厳しい場面で登板させられる事が多いのだ。
「劇場型」のイメージは長く抑えを務めた証
そんな「実は安定した抑え投手」である平野投手が、明らかに他の選手より抜きんでているのは、その通算成績においてである。平野投手が初めて二けたセーブを挙げたのは2013年。それから今日までパリーグの抑え投手として活躍し続けているのは、平野投手とロッテの益田投手の2人だけである。少し興味深いのは、この益田投手もまた他の抑え投手と比べて、防御率や奪三振率、被打率において、「ずば抜けてよい」部類には決して入らない、という事だ。この2人の「劇場型抑え」のベテラン投手、その投球内容でも実はよく似ているのである。
つまり、それはこういう事だろう。抑え投手とはそもそもが「劇場型」の仕事であり、しかも打たれた場面だけがファンの記憶に残る損な役回りである。だからこそ、平野投手や益田投手の様に長く抑え投手を務めると、それだけ多くの「打たれた場面」の記憶がファンに残る事になる。そして、何時しか「劇場型」の「不安定」な抑え投手だという印象が作られる。しかし、それは飽くまでファンの中にあるイメージに過ぎず、実際には彼等は寧ろ安定した投球を続けている。当たり前だが、だからこそベンチもまた彼等を信頼して起用し続けているのである。
そうして長く積み上げた平野投手の通算成績は、まもなく日米通算「200セーブ・200ホールド」を迎える事になる。登板試合数は日米通算で既に800試合を超えており、しかもその半数以上で記録に残る形で勝利に貢献している計算になる。そしてその事は、彼がそれ以上の数の「劇場型」の仕事を熟してきた事の証明だ。凄いぞ平野。その体力どこから来るんや。
そして、彼が日米通算「200セーブ・200ホールド」を達成しようとする時、オリックスはまたも彼に大きな負担をかける事になる。でもそんな時にも彼は淡々と投げ - たとえ失敗して打たれても - 笑顔でベンチに戻ってくるのだろう。そして、そこで笑顔が作れるという事は、きっと大切な事なんだ。だってそうでないと、次の日も「しんどい仕事」に行けないもんな。
だとすると平野投手の「劇場型抑え」のもう一つのポイントは、その「笑顔」なのだろう。ファンには揶揄される事も多いけど、打たれても笑顔が保たれるくらいの余裕がある、いや、より正確には、余裕がある様に見せる事ができるからこそ、どんな「劇場型」の場面でも、淡々と投げる事ができるのだろう。いや凄いな、なかなかできないぞ。尊敬するわ。
さて、こっちもしんどいけど、今日も仕事に行きますか。平野投手のそれよりはずっと小さいけど、僕らには僕らの職場、つまりは「劇場」が待っている。僕らを見てくれる学生さんの前だけでも、頑張って「笑顔」を作ってみようかな。冒頭からいきなり二塁打を打たれても、最終的に試合に勝てば、きっとそれでいいんだよ。
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