さらにマスクは、ボディの塗料を抜くための穴をふさぐパッチに疑問を抱く。
「こいつのせいでライン全体のスピードがガタ落ちだぞ」
聞けば、洪水で床板の上まで水に漬かったとき、パッチがあれば濡れ方が違うから、というのが理由らしい。
「そんな洪水は10年に一回もないぞ」
マスクはパッチを廃止した。
工場を歩きながら、1日に100回は指揮官決定をくだしただろう、とマスクは言う。
「(私の決断のうち)2割はあとでまちがいだと分かり、直さなければならなくなるでしょう。でも、ああして私が決断を下して歩かなければ、我々は死んでしまうわけです」
必要でないものを取り付けたらクビだ、と社員にメールもした。
「常識では不可能なら、非常識が必要になるわけです」
そんなマスクに、現場からは反対の声も上がった。「手抜きを強いられている」との職員の声がテレビ番組で紹介され、ニューヨークタイムズ紙は「1日10時間働けと圧力をかけられている」との作業員の声を報じた。事実、テスラの負傷率は業界全体平均の30パーセント増しだった。
それでもマスクは、ロボットよりも人力でやった方が早い作業を洗い出すなど、次々とスピードアップのための方策を実施した。
「常識では不可能なら、非常識が必要になるわけです」
週5000台を約束した期日の直前、47歳の誕生日もマスクは、本工場の塗装部門で過ごした。午後2時すぎに共同経営者がアイスクリームケーキを買ってきてくれて、会議室で簡単なお祝いをした。ただ、ナイフもフォークもなかったので手づかみで食べるしかなかった。
そしてついに、週5000台の目標を達成するとマスクが約束した日。会議室のカウチで目を覚ましたマスクは、モニターを確認し、勝利を確信した。
マスクは全社員にメッセージを送った。
「我々もついに本物の車会社になれたのだと思う」