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マイクロソフト社にエバンジェリスト職として採用される

――先進的な開発法は、日本の土壌に受け入れられたんでしょうか。

牛尾 従来のやり方に固執する人たちが多かったですね。ある先輩には「牛尾よ、アジャイルは宗教やぞ」と言われていましたし、導入に前向きな会社でさえ、「うちにはこういう特殊な事情があって…」とやれない理由を次々と探してくるんですね。

 ただ、日本においてソフトウェアエンジニアの地位が低く、給料も安くて、「上が書いた設計通りにそのまま実装すればいい」という文化を少しでも変えたかった。プログラマはものすごくカッコいい職業なのに。と思っていました。壁を打ち破って導入し今でも続けてくれている企業は、もう同志のような気持ちです。

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――マイクロソフト社にはどうやって入ったんですか?

牛尾 自分が直接手を動かして細かい作業をするわけではない、提案したことを「人にやってもらう」コンサルタントの仕事は僕の特性にあっていたし、やりがいもありました。ただ10年ほど続けるなか、アジャイルの「導入」や「入門」の仕事に物足りなさを感じていたんです。海外の企業を見ると、導入からどんどん進化して次のステップに行っている。

 そんな折、たまたま僕の友達が「牛尾くん、マイクロソフトが向いてるんじゃない?」と言ってくれたんです。個人的な趣味で英語の勉強はずっと続けていたから、英語を使える会社で働きたい思いもあって受けてみたら、エバンジェリスト職として採用されました。

忘れた頃にやってきたリロケーションのチャンス

 僕が入社したのは2015年ですが、前年からCEOがサティア・ナデラに変わったタイミングで、マイクロソフトもイノベーションを生む体制や働き方が刷新され、本当に刺激的でした。ちょうど社の方針が変わって、エバンジェリストといっても人前で製品や技術のプレゼンテーションするだけでなく、顧客企業と一緒に走って、新しい技術を導入するためのアプリのプロトタイプを一緒につくっていくことが求められた。だからずっとプログラマの仕事がやりたかった僕には、得意なプレゼンで会社に貢献しつつ、プログラミングの勉強にも取り組めるという最高の環境でした。

 当初は日本にいつつ上司がアメリカという勤務形態でしたが、本社勤務を希望していたら、忘れた頃にリロケーションのチャンスが巡ってきた。シアトルの本社で働くこと一年、エバンジェリストとしての実績も評価され、試験を通って念願のプログラマとしてクラウドサービスの開発チームに転属できたというわけです。