だが、日銀は、現在のインフレは輸入物価上昇に伴う価格転嫁が主な要因で、賃金の上昇を伴う物価上昇の好循環にはなく、景気の下支えが必要という理屈で、短期金利はマイナス0・1%、長期金利は10年物国債を0%程度とする金融緩和政策を続けている。
日銀は、賃金がさらに上昇すると確認できれば金融政策を正常化するという。しかし、23年の春闘は30年ぶりの高い賃上げ率だった。それでも8月の実質賃金(物価上昇分を除く賃金)は17カ月連続マイナスであり、金融市場の正常化には不十分であるというのであれば、いったいどれだけの賃上げが必要だというのか。これまでの金融緩和政策はすでに破綻しているに等しい。
アベノミクスと異次元緩和が「呪縛」と呼ばれる理由
そのことは、日銀も気づいているだろう。実際、日銀は23年7月、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)を修正している。日銀は10年物国債の金利の変動幅の上限を抑えるため、金融機関の保有する国債を大量に買い取ってきたが、そのあまりの多さに、このまま長短金利操作を続ければ、国債売買の市場機能が失われるリスクが高まってきた。このため、日銀は長期金利の変動幅拡大を容認する形で、事実上軌道修正を始めたのだ。その結果、長期金利は0.7%台まで上昇した。
であれば、23年4月に黒田氏の後任となった植田総裁は金融緩和政策そのものを見直すべきであり、インフレを推し進める政策の継続は無理があると、誰しも思うだろう。その無理を通さざるを得ないのが、アベノミクスと異次元緩和が「呪縛」と呼ばれる所以だ。
YCCで国債を買いまくった費用は膨れあがり、23年6月末時点で日銀が保有する国債残高(短期証券含む)は584兆円で、政府発行残高の47.1%を占める。これほど巨額になれば、おいそれと市場で売却することもままならない。売却は即、金融引き締めを想起させるため、長期金利の急騰を招きかねないからだ。長期金利の急騰はただでさえアベノミクスで当初予算の100兆円超えが常態化し、そのうち3割近くを国債でまかなう国の財政に打撃を与えてしまう。