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「いいホテル」ではなく「選ぶ意味のあるホテルブランド」を

龍崎 初期はいわゆる業界の正攻法、つまり、とにかくOTA(ホテル予約サイト)で多くのお客さんに予約してもらえるように試行錯誤していました。OTAは予約手数料が15%~20%ほどかかる上、アルゴリズムを攻略しようとすればさらに手数料率を上げるか、割引をしなくてはいけない。マーケティングに力を入れれば入れるほど、利益率が下がるという「負のスパイラル」に陥っていました。

 それまでの自分は、快適な空間や設備に美味しい食事……といわゆる「いいホテル」をいかに作るかばかりを考えていたのですが、ある時、その考え方自体が間違っていたことに気がつきました。経営資源が限られて行き詰まっているときに、既存の価値観に照らし合わせて「いい」とされるものを作ることは難しい。つくるべきは、「いいホテル」ではなくて、「選ぶ意味のあるホテルブランド」である、と。

――なるほど。

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龍崎 そこで、ホテルとはただの寝床ではなく、「ゲストと人」「ゲストと土地」「ゲストと文化」を媒介するメディアとしての空間ではないかと、自分たちの持っている資産、つまりアセットを再定義したんです。

ホテルのアセットを再定義

 その気づきを元に、2017年に大阪・ベイエリアの弁天町にオープンした「HOTEL SHE, OSAKA」では、時代や土地の空気感をホテルの宿泊体験の中に織り込み、昇華させることで、お客さんにとって選ぶ意味があるホテルブランドとして認知してもらうことができるようになりました。本来、立地的に有利ではないとされる場所でしたが、予約の絶えないホテルとなりました。

 ホテルの「価値を再定義」し、「時代や土地の空気感」を読み込み、お客さんの「インサイトを掘り起こし」ながら、いい意味で「異質なものとマッシュアップされた」プロダクトを作り、それをお客さんが思わず次の人に伝えたくなる「誘い文句をデザイン」する。

 これは本書で私がクリエイティブジャンプの5つの軸として打ち出しているものですが、事業に、そして業界そのものに大きなゲームチェンジをもたらすことができる“魔法の方程式”だと思っています。

レコードプレイヤーを軸に“異質な宿泊体験”をつくり出した

――具体的には何をやったのでしょう?

龍崎 HOTEL SHE, OSAKAでの具体例としては、「アナログレコードプレイヤー」を軸に宿泊体験を組み立てたことが、大きな転機となりました。同館では全ての客室にレコードプレイヤーを設置しており、お客さんはチェックインの際に、カウンターに併設されたレコードラックから気に入った盤を選んで、客室に持ち帰って聴くことができます。

 これは、ホテルをメディアとして再定義し、普段は体験できないような異質な文化への入り口としてレコードプレイヤーを位置付けているからなのですが、それと同時に、港湾労働者の街である大阪・弁天町の工業的で昭和っぽい情緒が宿る土地の空気感を表象する存在ともなりました。

レコードプレーヤーのある客室 ©水星

 ホテルの客室でレコードを聴くことができる異質な体験だからこそ、お客さんの印象に残り、「こんなホテルに泊まったよ」と思わず人に伝えたくなる――そんな誘い文句のフックとしても「レコードプレイヤー」が機能したわけです。