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 本書『マンモスの抜け殻』で大きなキーワードとなった介護保険の不正請求や、精神疾患養成ともいえる三十六時間勤務などの壮絶なブラック労働が業界では日常だったこと、三百六十五日休みなしの職員たちの愚痴と悪口、動物園の猿のような中年童貞同士の喧嘩、身体的虐待、精神的虐待、認知症高齢者への性的虐待、不倫、ストーカー、夜逃げ、使用済み下着の販売、覚せい剤蔓延と直接見てきたことは枚挙に暇がなく、先日には加害者も被害者もよく知る介護関係者同士が殺し合う殺人事件まで起こった。知人の写真と名前が繰り返される報道をため息つきながら眺め続けた。

 

 異常な介護業界に限界を感じて二〇一二年にライターに出戻り、二〇一五年には会社は清算して施設は潰した。それから介護の産業の現実や危機を記事や書籍で訴えたが、それほど時間が経たないうちに川崎老人ホーム殺人事件(二〇一四年)、相模原障害者施設殺傷事件(二〇一六年)が起こった。国を挙げて新しく創設した社会保障は大失敗したのだ。失政で許されない規模である。国や都道府県は現実を隠蔽しながら関係者に前向きなポエムを叫ばせたり、小学校や中学校でなにも知らない子どもを集めて「素晴らしい仕事」と洗脳したり、新聞社やテレビ局に要請してスケープゴートを定めて職員や事業者を吊るしあげたり、徹底した高齢者優遇で現役世代の屍(しかばね)を積み上げながら、絶望的な介護保険制度を継続していくしかないのだ。

隠ぺいされた介護業界の現実を伝えた。

「これから介護の世界を舞台にエンタメ小説を書くのです。中村さんの知っている介護の世界を教えて欲しい」

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 編集者が用意してくれた中華料理店で相場英雄さんと会ったとき、筆者はそう言われた。舞台は実際に新宿区にある限界集落となっている巨大団地群だという。介護業界の現実は基本的に隠蔽されている。筆者の役割だと、相場さんに知る限りのことを伝えた。

 本書は都心の限界集落で殺人事件が起こり、捜査によって超高齢社会や介護産業の実態が描かれていく。相場英雄さんの筆致によって描かれた超高齢社会の現在、そしてテクノロジーによる問題解決の芽を見せる未来予想図は暗くはない。しかし、二〇二五年~二〇四〇年の日本の超高齢社会のピークに、有効な介護ロボット開発は間に合わない。現実的には解決策はなく、筆者個人はこれからさらなる悪化の一途をたどるだろうと予想している。