和歌山毒物カレー事件で死刑判決を受けた林眞須美は、真犯人ではない。カレーに猛毒であるヒ素を入れたのは林眞須美ではない。このドキュメンタリー映画の主張はシンプルながら、観る側の“常識”を揺さぶらずにはいない。

 映画の主張が正しいのなら、オウム事件や神戸連続児童殺傷事件に続いて起きたこのワイドショーネタとなった事件には、冤罪の可能性がある。袴田事件や免田事件と同じように、林眞須美もまた、無実の罪で死刑判決を受けているかもしれないというのだ。

林眞須美とカラオケを歌う夫

いったい誰が何の目的で、大量殺人を目論んだのか

――こう書けば、たちの悪い新手の陰謀論のたぐいか、それとも酔っぱらって原稿を書き飛ばしているのかと訝る向きもあるだろう。しかし、この映画を観た後では、風景ががらりと違って見えてくる。

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 1998年7月に起こった和歌山毒物カレー事件とは、町の夏祭りで供された手作りのカレーにヒ素が混入されており、60人以上が中毒症状を発症し、そのうち4人が亡くなる。小さな町で起こった大惨事だった。

 世間は、犯人探しに躍起になった。いったい誰が何の目的で、大量殺人を目論んだのか。事件が起きた田舎町だけでなく、日本中が一刻も早くにっくき犯人をつかまえねば、夜もおちおち眠れない、というヒステリー状態に陥った。

2009年、眞須美に死刑判決が下される

 マスコミは当初からスクラムを組んで、1人の女性に狙いを絞っていた。事件当日、カレー作りを担当していた林眞須美である。4人の子どもの母親である林眞須美は、町内会の1人として夏祭りに参加していた。

 われわれの記憶に鮮明に残っているのは、林眞須美が自宅前に集まったマスコミに、ホースで水をかけて追い払う場面だろう。ミキハウスのトレーナーを着て、薄ら笑いを浮かべながら水をかけるシーンは、テレビのワイドショーの視聴者に、

「こいつはやっているに違いない」

 と思わせる絵力があった。

 そのふてぶてしい表情は、“毒婦”と呼ばれた木嶋佳苗や福田和子を連想させる。林眞須美が着ていたせいで、ミキハウスの売上が落ちたというウワサもまことしやかに流された。その林眞須美に死刑判決が下ったのは2009年のこと。