志村けんは自著で自らを「職人」と呼ぶ。旅館で寛いでいても、四六時中仕事のことを考えていたとは、その気概に驚かされる。
“職人”志村けんが、子どもたちとじゃれあう姿
仕事で福井や石川に来た時も、「僕たちはチームで動いているから、和を乱さないように」と、“ついで”に立ち寄ることはなかった。
こんな職人気質の志村けんだが、「べにや」では子ども好きの一面を見せた。
「うちの子どもたちを本当に可愛がってくださいました」と、女将が見せてくれた写真には、志村けんと子どもたちがじゃれあう姿がある。
「うちの4人の子どもにお年玉を下さいました。名前を入れたぽち袋まで用意してくださったんですよ。部屋に呼ばれたり、ロビーで渡されたり、子どもたちも、もう大喜びです」
女将はさらに志村けんの人柄を語り続ける。
「志村さんはご自分のことはご自身でやられましたが、仮に私に何かを頼まれたとしても、『俺のことを先にやって』とおっしゃる方ではありませんでした」
志村けんは、翌年の予約を入れて帰った
混みあう年末年始ではなく、少し落ち着く1月3日か4日に来ることにも、志村けんらしい気遣いが表れている。
「うちでお正月を過ごすことを恒例とし、楽しみにしているお客様に割って入り、予約されるようなことはありませんでした」
決して無理を言わない志村けんが、唯一、女将に頼んでくることがあった。
「お帰りになる時に、必ず私に『女将、来年は雪を降らせておいてね』とおっしゃるんです。私が『はい、かしこまりました』と申しますと、安心したように微笑まれました。お部屋から眺める庭がお好きでした。冬は雪吊りをするんですよ」
志村けんは、翌年の予約を入れて帰った。
「志村さんは毎年、年末になると麻布十番の『豆源』から詰め合わせを贈ってくださいました。それはそれは大きな段ボールで(笑)。『お正月明けには行くからね』という合図でした」
なんて愛嬌がある人なのだろう。