温泉宿を訪れる著名人が、彼らを迎え入れてきた宿の主人や女将らに見せてきた素顔はどのようなものだったのだろうか。長年、温泉の魅力を取材する山崎まゆみ氏の『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』より、樹木希林さんのエピソードを紹介する。

「夢千代日記」の出演者やスタッフが宿泊した「湯村観光ホテル(現・朝野家)」の地下に併設されていたスナック「古城」の谷口佐智子さんが、樹木さんとの思い出を振り返った。(全2回の2回目/前編から続く)

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「こんな温泉が東京にもあったらいいのに」

 佐智子さんが最も興奮して回想したのが深夜の「洗濯」だ。

「私ら地元の者は、湯村温泉の源泉『荒湯』に行って、温泉で洗濯をするんです。小百合さんも希林さんも、撮影の合間にその様子を見てはったんでしょうね。2人が『荒湯で洗濯をしてみたい』って言うんです。希林さんは『也哉子ちゃんのズック(靴)を洗いたい』とおっしゃるんで、夜中なら誰もいないと思って、スナックの営業時間を終えて、零時半くらいから3人で洗濯しに行きました。希林さんには私がブラシを貸してあげたんですよ。

樹木希林さん ©文藝春秋

 小百合さんも岩の上でごしごし洗われていたんですが、しばらくして、『こんなにぼろぼろになったわ~』って、シルクの下着を見せてくださったの。希林さんも私も、まさかここでシルクの下着を洗うとは思ってないじゃない。2人で顔を見合わせて、もう大笑い。3人できゃっきゃっと大騒ぎでしたわ。滞在は30分くらいやったかな……、『荒湯』は地熱で暖かいから深夜でも全然寒くないからね」

 湯村温泉は汚れを洗い流す成分である重曹を含む泉質で、皮脂や肌の角質も取るが、洗濯に使えば漂白効果を発揮する。

「希林さんも小百合さんも2人揃って、『こんな温泉が東京にもあったらいいのに』と言っていたわ」と、佐智子さんは遠くを見つめた。

天然のスチームサウナ「荒湯」

 旅館と土産物屋が並ぶ湯村温泉街の真ん中に、春来川が流れ、赤い欄干の温泉橋が架けられている。その橋のたもとに、湯けむりあがる一帯が「荒湯」だ。

 3人が洗濯した「荒湯」に立つと、98度の源泉からもうもうとした湯けむりが立ち上り、乾燥した肌に「じゅわっ」と温泉成分が沁み、前髪が濡れた。天然のスチームサウナの温もりには、極寒の冷えなど忘れてしまう。