〈こうした資料を眺めていると、「時代と寝た男」と評されたように、大きな波にのまれずに、その中を駆け抜けた若き日の父に思いを馳せることができます〉
2022年に他界した作家・石原慎太郎の四男で、画家の石原延啓氏はこう語る。膨大な遺品は現在、延啓さんの元で管理され、整理が進められている。
父の悪筆がはっきり読めることに驚き
延啓氏が「遺品整理を続ける中で最大の喜びだった」と語るのは、慎太郎氏の処女作である小説『灰色の教室』と、その次に書かれた作品で芥川賞を受賞した『太陽の季節』の生原稿を昨年の夏に発見したことだ。
〈「一文字も読めない」と編集者泣かせで有名だった父の悪筆も、当時の原稿では、はっきり読めることにも驚きました。
『灰色の教室』は1954年に一橋大学の同人誌「一橋文芸」に掲載されました。そこから作家・石原慎太郎の物語が始まることになります。『太陽の季節』については、日本近代文学館に寄贈した清書版の存在は知っていましたが、父が2晩で書き切ったあとに3日かけて清書したという逸話も聞いていたので、「これがその生原稿か」と発見した感動もひとしおでした〉
より多くの推敲の痕跡がある
その後、遺品の整理を進めるなかで、延啓氏はさらなる新発見をした。
〈昨年夏に発見したものよりもさらに前に書かれたと思われる(『太陽の季節』の)草稿を発見しました。昨夏に見つけた生原稿には、マルキ・ド・サドの引用がエピグラフに使われています。編集者から「このエピグラフは必要ない」と言われて、父も「戦略的に削った」という曰くつきのものです。
ところが、今回発見した新しい生原稿には、ボクシングの試合を活写する「A誌」と書かれた雑誌のスポーツ欄からの引用がエピグラフに使われており、それに付け加えるかのようにサドの引用が書かれている。そして昨夏見つけた生原稿に比べて今回の生原稿には、より多くの推敲の痕跡を確認できます。明らかに、今回のものが昨夏発見した草稿よりもさらに前に書かれた『太陽の季節』の草稿だと考えられます〉