『ハコウマに乗って』(西川美和著)文藝春秋

 ハコウマとは、「箱馬」と書いて、演劇や映画の撮影現場で使われる木製の箱のことを言うらしい。「馬」は踏み台のことを指すようだ。

 著者の西川美和さんは映画監督で、現場の作業上153センチの身長で足りない場面を補うのにハコウマを使っている。

 ハコウマという飾り気のない名前から、ちょっとした工夫から生まれた道具で、様々な場面で使っていくうちに呼び名が必要で名づけられたのだろうな、と想像する。足をのせれば、目線が高くなって、少し遠くまで見渡すことができる。ハコウマに乗るときは、足をのせる前にまず足元に目をやり、目線が徐々に上がって見通しが広くなる。

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 私にとって、西川美和さんの文章はそんな存在だ。

西川美和さん Ⓒ文藝春秋

 本書は西川さんが2018年から2023年まで雑誌に発表したエッセイを一冊にしたものだ。

 この5年間色々あった。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というけれど、公私ともに問題はあとからあとから起こり続けて一向に喉元を過ぎる様子がない。それなのに、刺激を受け続けると麻痺してしまうのか、ちょっと時間がたつと記憶の輪郭がぼやけてしまう。

 そんなとき、本書のページをめくればぼやけた輪郭がまたはっきりしてくる。