『わたしのeyePhone』(三宮麻由子 著)早川書房

 初代iPhoneが世に出てから17年、スマホは、コミュニケーションや生活のあり方を一変させた。本書の著者、三宮麻由子さんにとっても同じで、iPhoneを手にして以来、暮らしに劇的な変化が訪れたという。本書『わたしのeyePhone』では、その驚くべき詳細がユーモアを交えて描かれる。

 三宮さんは4歳ごろに目の手術の影響で光を失い、自身の言葉で表現するところの「シーンレス(目の前に風景がない)」となった。前向きで好奇心が旺盛な人に違いない。高校生の頃には単身でアメリカに留学し、現在は翻訳家として通信社に勤め、ひとり暮らしをしている。

 見える人には些細なことでも、シーンレスにとっては厄介なことはいくつもある。例えば、書類の記入。郵便物の仕分け。スーパーで買い物すること(確かに瓶詰めやビール缶とかどうやって見分けるんだ?)。三宮さんは長年それらを、日々の工夫と他者からの支援を組み合わせてクリアしてきたわけだが、そこに登場したのがスマホだった。驚くなかれ、iPhoneにはボイスオーバーという機能が搭載され、必要な情報を音声で確かめることができるのだそうだ。そのほか、アプリを使って、画面に映った文字をスキャンし、音声で「読む」こともできる。

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 このテクノロジーは私も利用している。韓国に行った時にはアプリを使って、ハングルで書かれたカップラーメンの風味を判読。その時、9歳の娘は大いに驚き、スマホを指して「ほんやくコンニャク(ドラえもんの道具)!」と言った。

 スマホを使いこなす三宮さんを再び困難に陥れたのは、コロナ禍だった。スーパーへの同行援助が頼めなくなり、買い物難民に陥る。まさに死活問題だ。しかし、この問題も彼女の試行錯誤とスマホのおかげでなんとか解決を見る。

「スマホの登場で変わったのは、生活や日々のレベルでの心のあり様だけではなかった」と三宮さんは書く。気軽に友人と情報交換をしたり、誰かにプレゼントしたり。そういうささやかな喜びを本書は晴れやかな口調で描き、それを読むとこちらも嬉しくなる。

 本書で特に胸に残ったことは、実はスマホの凄さではなかった。この物語は、テクノロジーと不断の努力で視覚障害を「克服する」という話ではない。いや、もちろん三宮さんはスマホを使いこなす努力を惜しまない。しかし、それはむしろ、シーンレスのまま、おしゃれをしたり、小さな贅沢をするための努力で、そこに共感を覚える。究極的に言えば、私たちは、この社会で共にハッピーに生きたいだけだ。異なる体と心を持ち合わせた個人がそれぞれ幸せになれる社会に必要なのは、テクノロジー……もうそうだけど、むしろ心のバリアフリー化なんじゃないか。そんなことも本書は教えてくれた。

さんのみやまゆこ/東京都生まれ。報道翻訳を手掛けるとともにエッセイストとして活躍。『そっと耳を澄ませば』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。他の著書に『鳥が教えてくれた空』等。
 

かわうちありお/1972年東京都生まれ。ノンフィクション作家。著書に『空をゆく巨人』『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』等。