作家の筒井康隆さんは、頸椎を痛めたことがきっかけとなり、2024年の夏に高齢者用住宅への転居を選んだ。終の棲家探しの条件は「夫婦で暮らす」「普通に食事をする」という二点だったが、仕事を再開することもできた。どのような日常なのか。病気になったときはどうなるのか。他の入居者との付き合いはあるのか。自宅とも病院とも違う、90歳からの新生活にお邪魔すると……。
◆◆◆
家で転んだのが始まりだった
「家で転んで、頸椎を怪我したのが始まりです。それまでピンピンして日常生活を送っていたんですが、怖いですねえ。一瞬にして、ほとんど全身麻痺ですからね」
卒寿を迎えた作家の筒井康隆さんが、神戸市の自宅を離れて高台の高齢者施設(住宅型有料老人ホーム)へ住み替えたのは、2024年の8月中旬。きっかけは3月下旬に廊下で転倒したはずみに、頸椎付近の神経を痛めたことだった。
「どうしていいかわからないから、家で寝たきりでした。かみさんがすぐに連絡して、逗子にいる義娘の智子さんが来てくれたんだけれども、もう、身体が動かない。夜中に何度も、二人が僕を両側から支えて便所へ連れていってくれた。それだけでみんなヘトヘトになっちゃって、病院へ入りました。ここがひどかったですねえ」
入院生活を振り返ると、苦々しい表情になる筒井さん。
「最初の病院に1カ月もいたんですよ。手足の痺れはよくならないわ、便秘になっても処置はできないわ、何もかも駄目でしたねえ。呼んでも来てくれない。他の部屋からも悲鳴が聞こえてましたね、来てくれーっ、と。それなのに看護師が廊下で笑ってるんですよ」
症状を改善すべく、4月末にはリハビリ専門病院に転院した。
「そこのリハビリ病院は素晴らしかったです。前の病院で便秘になって苦しかったのを、ナースさんが処置して、バーッと出してくれたんですよね。ものすごい量の便が出て、うれしかったなぁ。こんなに溜まっていたか、と(笑)」
転院直後は、めまいや手足のしびれがひどく、パソコンでの執筆どころか、ゲラ(校正紙)を読むこともできなかった。文芸誌に連載していた「自伝」も、月刊PR誌「波」の人気エッセイも、中断せざるを得なかった。専門病院で午前中に器械でのリハビリ、午後は主として作業療法に取り組むことで、症状はかなり改善され、お箸を持てるようになるまでに。