「リハビリはきつかったですね。スポーツ選手までが来るような病院でしたから、それはもう本格的なんですよ。こんな苦しいことは、年取ってからすることじゃない。もうこのまま弱っていってもいいから、何とか寝たきりでいたいと願いました(笑)。その代わりリハビリの病院だけあって、食事は良かったですね。前の病院と比べたら天と地の違いですね」
なにより辛かったのは、光子夫人と離れ離れの生活が4ヵ月も続いたことだった。見舞いに来た担当編集者たちにも、「私は妻を愛しているんです。はやくこんなところを出て、妻と一緒に暮らしたい。私を独房から脱獄させてください」と真剣な面持ちで訴えかけた。
夫婦での生活が最大の希望
しかし、車いすでの生活を余儀なくされたまま自宅へ戻れば、光子夫人に介護の負担をかける。そこで周囲から、高齢者施設への住み替えを提案された筒井さん。当初は高齢者施設とはどんなところか、あまりイメージできなかったという。
「最初に連想したのは、戦前のフランス映画『旅路の果て』。あれはすごい映画だった。もう舞台に立てなくなった役者さんばかりが暮らす古い風格のある建物で、いろんな事件が起こるんです。フランスには素晴らしいところがあるんだなと羨ましかったです(笑)」
いかにも「生まれ変わったら役者になりたい」とおっしゃる筒井さんらしいが、実際に退院後の生活に望む優先順位は、明確だった。
「夫婦で生活できることですね。長いこと妻と離れていましたが、これはまともな生活ではない。それが最大の希望でした。二番目は、病院食ではない、普通の食事ができるところで暮らしたい、と」
そこで光子夫人と智子さんがいくつか見学に行って選んだのが、現在暮らす住宅型有料老人ホーム。お二人の居室にてインタビューする筆者にミニキッチンで淹れたコーヒーとケーキをすすめながら「ほんとに年がいくと、なにが起こるかわかりませんねえ」と苦笑する光子夫人に、気に入った点を伺うと……。
「ここは丘の上で、お部屋の日当たりがいいでしょう。窓から緑が見えるのも、なんだか落ち着きますね。元の住まいからもそれほど遠くないので、何か必要なものがあっても、取りに帰れるわ、と思えて安心です。なにより、主人が車いすのままで生活できますから楽ですね」