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〈忙しかときは痛かとですよ、あそこが。それで這うて廊下と階段を行くとですよ。あれが女郎の地獄ですよ。男の棹(さお)は替わっても、ツボはひとつでしょ。もうやっちゃですたいなあ〔ひどいですね〕。私は忘れられん。瓶に入った油ばですね……バスリンというたですかね。ベタベタするとをつけるとです。数の多かときは、汁気がなくなるけんですねえ〉

〈そんなんとを、49〔人〕したよ。わたしゃ、1日ひと晩のうちに。いっペん、そういうことのあった。昼の午前中、9時から。晩のちょつと3時ごろまでな。もうね、泣くにや泣く〉

客が多いときは朝から未明まで、1日49人の相手をした。痛みは、ワセリンを塗ってしのいだ。春代のいう「バスリン」は、ワセリンのことを指す。

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〈いくら子どもでン、元気のよか若か娘でン、あそこが「痛か、痛か!」ちゅうてね、感じが変になって、もう説明もできん。ほんなごて、情けなか。いやらしゅうて、今も忘れられん。おそろしゅうて……〉

梅毒予防のため、ひとり終わるたび局部を洗浄するという重労働

苦痛に追い打ちをかけたのは、性病対策のための洗浄だった。

性病は主に梅毒を指す。

梅毒は日本には16世紀に伝わったとされ、明治期に娼婦への性病検診が行われるようになった。第2次世界大戦後は治療に有効とされるペニシリンの普及で感染者数は減少したが、近年では、2011年頃から増加傾向にある。

当時、性病の蔓延を防ぐため、娼婦はひとりの客の相手が終わるごとに、膣内を消毒洗浄するよう指示された。疲れた体をひきずるように部屋から洗い場のある階まで毎回階段を上り下りすることは重い負担だった。嶽本氏によると、この洗浄が原因で不妊になった女性もいるという。

〈いっぺん、1人ひとり、1人ひとり、階段でしょう。そりやもう立派な階段ですよ。それが上りくんだりで、おまけに熱いお湯に、な。衛生が正しかけん向こうは〔娼館は衛生がすべてだから〕。やかましかっですもん〉