弾は首の付け根に命中し…
池上氏はライフルを構えたまま発砲のチャンスを待った。午前7時45分ごろ、ヒグマが立ち上がり、上半身が見えた。池上氏は「撃つぞ!」と周囲に聞こえるように大声をあげ、銃弾1発を発射した。弾は首の付け根に命中し、ヒグマは絶命した。
その後、池上氏、A氏、警官と市職員が集合し、ヒグマの死亡と、他に何も問題がなかったことを確認しあい解散した。ここまでは極めて順調な駆除だったと言える。
ところがこの年の10月4日、A氏は池上氏が撃った弾が跳弾(弾が岩などに当たり予測不能な方向に飛んでいく)して自分の銃にあたり、銃床(銃を構えた時に肩に当てる木製の部分)を破損したとして、砂川署に被害申告を行った。捜査を行った砂川署は、池上氏の発砲は違法だったとして検察庁に事件を送致した。しかし同庁は本件を不起訴処分とした。
銃で狩猟をするには、「狩猟免許」と「銃の所持許可」が必要だ。池上氏もその2つの免許を持っていた。A氏の告発に対し、狩猟免許を管理する北海道知事は、池上氏の狩猟免許の取り消しは行わないものとした。
一方で、北海道公安委員会が「銃所持許可を取り消し」
一方で、銃の所持許可を管理する北海道公安委員会は、2019年4月24日に池上氏の銃所持許可を取り消した。ただし取り消しの理由は、A氏の銃床が破損したからではなく、池上氏が撃った銃弾が、背後の建物に到達する可能性があり危険な発砲と判断される、というものだった。
発砲の際、ハンターは獲物の後ろに「バックストップ」があることを確認する義務がある。バックストップとは、山の斜面などを指す。銃弾が獲物から外れる、あるいは貫通した場合、その弾をバックストップが受け止めることになる。発砲者以外の人間や器物の安全を守るための鉄則だ。
池上氏は、自身の発砲は危険なものではなく、公安による猟銃所持許可取り消し処分は裁量権の逸脱・濫用であるとして札幌地裁に提訴した。地裁の裁判官は、自ら現場検証を行った。そして、ヒグマの後ろにあった斜面の高さが8メートルあり、池上氏が発砲した位置からは背後にある建物の屋根の一部が見えるか見えないか、という状況だったことから、バックストップの存在を認めた。また、そもそも公安による猟銃所持許可取り消しの理由にはA氏の銃床破損は含まれていないため、その件に関しては審議の対象外とした。そして2021年12月17日、札幌地裁は、池上氏の主張をほぼ全面的に認める判決を言い渡した。