分類学者がまず「交尾器」を見る理由
――中垣先生は吉澤先生の研究をどうご覧になっていますか?
中垣 かねがね質問したいことがあったんです。吉澤さんはオスが膣を持ち、メスが陰茎を持つ新種の昆虫の研究で受賞しましたよね。吉澤さんの専門である分類学って、リンネが花の形に注目したように、概して生殖器官の形に注目されている。なぜそんなに性器の形が大事なんですか? 大事にすべきなんですか?
吉澤 生殖というのは生き物にとって生きるか死ぬかと同じくらいの意味を持っています。しかも雌雄の仲むつまじい行いなどではなく、熾烈な駆け引きが繰り広げられています。ですから生殖器には強い進化の力が働き、その結果進化速度が速く、種類の違いが見て取りやすい。分類学者がまず交尾器を見るのはそういう意味があるんです。
中垣 なるほど。粘菌も数百種類くらいいることが分かっているんですが、その分類は子実体という、粘菌が増えるための胞子を作る1ミリくらいの構造物の違いによってなされているんです。
「昆虫の生殖器をずっと観察しています」っていうとギョッとされる
吉澤 イグ・ノーベル賞はどちらかというと、こういう「性」、もっと言えば「セックス」に関わる研究を評価してくれる傾向にあると思っていますが、とかく世間というのは、この手の問題に眉をひそめがちなんですよね。「昆虫の生殖器をずっと観察しています」っていうとギョッとされる(笑)。でも、僕の発見に限らず、性の研究には面白い話題が満載なので、もっとそのような研究も話題になってほしいです(笑)。
中垣 まさにそうですね。イグ・ノーベル賞の意義は、そういったユニークかつ本質的な研究に光を当てることなんですよね。
(後編に続く)
◆
※北海道大学CoSTEP:科学技術の専門家と市民の橋渡しをする人材「科学技術コミュニケーター」を養成する、教育研究組織。
写真=棟方直仁
なかがき・としゆき/1963年愛知県生まれ。北海道大学電子科学研究所所長。北海道大学大学院薬学研究院修了。名古屋大学大学院人間情報学研究科で博士号を取得。研究テーマは、細胞情報処理の物理化学動態など。粘菌に迷路を解く能力があることを発見した業績に対して、2008年イグ・ノーベル認知科学賞を受賞。さらには、粘菌を用いて鉄道などの最適ネットワークを設計する研究で、2010年イグ・ノーベル交通計画賞に輝く。趣味は、歩き回ることと、庭で野菜を作ること。著書に『粘菌 偉大なる単細胞が地球を救う』(文春新書)など。
よしざわ・かずのり/1971年新潟県生まれ。北海道大学大学院農学研究院准教授。九州大学大学院比較社会文化研究科修了。同研究科で博士号を取得。2000年、北海道大学大学院へ着任する。研究テーマは、大きさ数mmの昆虫であるチャタテムシの体系学的研究など。ブラジルの洞窟に棲む、オスとメスで生殖器の形状が逆転している昆虫「トリカヘチャタテ」を発見した業績により、2017年イグ・ノーベル生物学賞を受賞。趣味は各地のビールを飲み歩くこと。