倉敷紡績を主軸にクラレ、中国電力と事業を拡大した創業家2代目の大原孫三郎(おおはらまごさぶろう)(1880~1943)。孫で、クラレで副社長を務めたこともある大原美術館名誉理事長の大原謙一郎(けんいちろう)氏が、祖父の功績を振り返った。
孫三郎がなくなったのは、私が2歳のときで、直接的な記憶は多くありません。ただ、祖父を知る人からは、私はよく「タレ目でじいさん似だ」と言われてきたので、格別の親しみはありました。

ただし、祖父の印象は人によって異なります。数字一つ間違えるだけで機嫌を悪くする怖い人だったという人もいれば、大変やさしかったという人もいる。たしかに孤児院への支援や、大原美術館を開くきっかけとなった画家との交流など、祖父の活動は事業以外にも多面的です。
そんな祖父を振り返るとき、私が一番感銘を受けるのは「根源まで突き詰める」人だったことです。その象徴が、大原社会問題研究所(現在法政大学が所管)、倉敷労働科学研究所(現・労働科学研究所)、大原奨農会農業研究所(現・岡山大学資源植物科学研究所)という、孫三郎がつくった3つの研究所です。
1921年、労働科学研究所を開設するとき、孫三郎は新進の研究者・暉峻義等(てるおかぎとう)を深夜の自社紡績工場に招き、2人で女性たちが働く様子を観察しました。暗い天井から吊られた裸電球の下、綿埃の中で15歳ぐらいの少女が眠そうな目で働いている。その様子を見せたうえで、孫三郎は「この少女たちが健康で幸せになるよう」な方策を研究してほしいと暉峻に依頼したのです。
それ以前に孫三郎は、中抜きで搾取する飯場(はんば)制度をやめさせ、従業員の寄宿舎もつくっていました。それだけでも労働環境の改善として当時画期的な措置でしたが、孫三郎はそれで満足しなかった。どうしたら労働者が幸せになるのか、その根源を突き詰めようとしたのです。そこで暉峻を欧州まで派遣した後、労働科学研究所を開設した。研究には、経済学から医学や心理学まで取り入れたのも、労働における真理を求めたかったからでした。
リスクを厭わない人
こうした姿勢は、ほかの研究所も同様でした。
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