井伏と三島

中村 哲郎 演劇評論家
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 この7月10日は、井伏鱒二の三十三回忌に当たる。今年はまた、三島由紀夫の生誕100年になり、記念行事が催されている。

 井伏と太宰治、川端康成と三島という一対は、昭和の文学史では慣用句だが、井伏と三島とが併記されるのは稀だ。いわゆる“お派が違う”作家で、密接な交流も無かった。

 講談社の川島勝、新潮社の岩波剛の二氏は、珍しく井伏と三島を同時に担当した編集者だが、平成から近年にかけて亡くなった。俳人の飯田龍太のような井伏周辺の文人たちも姿を消し、在りし日の井伏を共に回想できる人は、わたしには今や全くひとりもない。

 三島のほうは詩人の高橋睦郎、画家の横尾忠則の二先輩が健在だが、三島の生前について、実感を以て語る相手が僅かになった。

 わたしが、井伏と三島の双方と面識があったと話すと、驚く若い世代が多い。井伏の戦時中の疎開先は甲府郊外で、その地の温泉旅館が生家だったため、少年期から温顔を垣間見た。上京在学中の東京オリンピックの頃、初めて荻窪のお宅を訪ね、以後の30年近く、時折り謦咳(けいがい)に接した。教会での葬儀の日、遺骸を拝した際、涙が溢れて来て困った。

 三島は、国立劇場の創立時の理事を務めた。制作室に在職中で知遇を得たが、三島氏と初めて会ったのは昭和41年9月末、国立劇場開場公演のプログラムのための対談があり、その席上だった。4年ほど、何かと声をかけてくれた。自刃する直前、最初の評論集に序文を書いて戴いた。

三島由紀夫 Ⓒ文藝春秋

 その一冊を井伏の書斎へ届けると、「あッ三島君が序文を書いている。君は恵まれている、こんな先輩があると得だ」と言われた。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

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