「山椒魚」「夜ふけと梅の花」「黒い雨」など、井伏鱒二(1898〜1993)は深い人間観察によって忘れがたい作品を数多く残した。作家の町田康氏がその文学の力を綴る。
昭和52年、邦題を「レッド・ツェッペリン狂熱のライブ」という映画が公開されて話題を集めた。レッド・ツェッペリンと謂う英国のロックバンドの演奏風景を収めた記録映画である。って、そんなことはどうでもいい。だが井伏鱒二についての文章を書こうとしている今、考えてしまうのは、この題を付けた人はどういう心算だっただろうか、と云うことである。
この映画の元の題は、The Song Remains the Sameで、機械翻訳に掛けると、「唄は変わらない」と出てきた。これが正しいのか間違っているのか私にはわからないが、しかし、狂熱のライブ、でないことだけは確かである。
そんならなんで、狂熱のライブ、としたのかと言うと、狂熱とした方が演奏に熱が籠もり会場が盛り上がっている感じがしてよい、と思ったからに違いない。
これはまったくその通りでライブは狂熱した方がよいに決まっている。みな黙りこくって俯き、沈痛な面持ちで厳粛にしているライブなど行きたくもないし、演者もやりにくくて仕方ないだろう。
だから凡そエンターテイメントに携わる者は、お客を狂熱に導くように努力する。そしてお客はお客で、「カネを払ったからには狂熱しないと損」と思う気持ちがあるから、実際はそんな狂熱する感じでなくても、自分を狂熱モードに持っていって無理からでも狂熱する。
じゃあ、日常においては大して狂熱して居ないかというと、実はそんなことはなく、井伏鱒二の弟子筋に当たる太宰治の人と作品を見ると、人が生きる、それ自体こそ狂乱であることがわかる。訳もわからず生まれてきて幼き頃は父母の庇護の下にあって守られるものの、成人するや世の荒波の只中に放りだされ、歯を食いしばってカネを稼いでなんとか生き延びた揚げ句、不本意な死を迎えなければならぬのである。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2024年8月号