作家の佐多稲子(1904〜1998)は、子どもを育てながら、様々な職を転々とし、地下の左翼活動にも身を投じた。そして、『私の東京地図』『時に佇つ』など、自らの経験を元にした小説を書き続けた。佐多の短篇集を編んだ文芸ジャーナリストの佐久間文子氏がその人生と作品の関係を探る。
今年は作家佐多稲子の生誕120年にあたる。佐多稲子は昭和の初めから平成の初めまで、60年以上にわたって息長く作家活動を続けた。
波瀾万丈の人生を送った人である。父親が17歳、母親が15歳の時の子どもで、周囲の反対を押し切り彼女を産んだ母親は、娘が7歳の時に亡くなってしまう。若い父親は長崎での安定した仕事を捨て、家族を連れて上京するが、仕事はなく一家は困窮。まだ11歳の稲子が小学校をやめて働きに出た。
この時の経験を小説に書いた「キャラメル工場から」で23歳のときにデビューするのだが、そこに至るまでも紆余曲折があった。
キャラメル工場のあとも、上野の料亭や向島のメリヤス工場で働き、日本橋丸善の女店員時代に資産家の当主と結婚するが、夫婦で心中を図り、新聞記事になる。このとき彼女は妊娠しており、長女を出産した後に夫とは離婚した。
子どもを抱え女給として働きはじめた本郷のカフェで中野重治や堀辰雄ら雑誌「驢馬」同人の文学青年と知り合う。そのうちの1人、窪川鶴次郎(文芸評論家)と再婚、彼らの後を追って左翼運動に入る。「キャラメル工場から」は中野にすすめられて書いたものだ。
彼女の小説で同時代的にいちばん読まれたのが昭和15(1940)年に新潮社から書きおろしで出た自伝的小説の『素足の娘』である。14歳からの2年ほど、相生(兵庫県)の造船所に職を得た父親のもとで、暮らしの心配をせずに過ごした日々をみずみずしく描き、7万部のベストセラーになった。
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