石橋湛山 母が唯一嫌がった父の政界入り

石橋 湛一 石橋湛山の長男
ニュース 政治

病気のためわずか2カ月で総理の座をおりた石橋湛山(いしばしたんざん)(1884―1973)は“悲劇の宰相”といわれた。石橋は日蓮宗僧侶杉田湛誓の長男として東京に生まれた。早稲田大学卒業後、東洋経済新報社に入社し執筆活動を展開する。28歳の時、梅子夫人と結婚。「小日本主義」を主張し、経済論壇に異彩をはなった。昭和21(1946)年には、第一次吉田内閣の大蔵大臣として政治家としてのスタートを切るが公職追放となる。復帰後、鳩山内閣での通産大臣を務めた後、昭和31年には首相となった。その後も政治家、評論家として冷戦克服の外交路線を追求した。湛一(たんいち)氏は長男。

 私の両親は、特別仲が良いわけでもなく、かと言って仲が悪いというわけでもない、まあ、どこにでもある平々凡々な夫婦でしたよ(笑)。だいたい夫婦というのは、そんなものでしょ。特別なことなんて何もなかったですね。

石橋湛山 ©文藝春秋

 両親が結婚した頃の東洋経済新報社はまだ小さな会社でしたから、よく鎌倉の私たちの家に社員の人が遊びに来ましたね。海水浴がしたくて、夏には週末になると毎週のように泊まり掛けで若い社員が来るのを、おふくろは実によくもてなしていて、嫌な顔を見せたことがなかった。心の中でそれを喜んでしていたのか、本当は嫌だったのかはわからないけれど、文句を言っているのを見たことがない。あれは偉いものだと思いました。何しろ親父がいない時でも、社員は遊びに来るのですから、大変だったと思いますよ。僕がそんなことをやったら、女房に離縁されてしまうかもしれませんね(笑)。

 そんなふうに親父は家の中はおふくろにまかせきりでしたが、封建的な人ではありませんでしたね。昔はお手伝いさんと家族が食事を共にするなんて考えられないことだったんですが、うちでは親父の考えでお手伝いさんも一緒に食事をしていました。手伝ってもらっているが、使用人という扱い方はしませんでしたね。

 ただ、教育というかしつけは厳しかった。私はその被害者でしたね(笑)。親父は自分自身子供の頃8年間も親元を離れて、望月日謙という僧侶のもとで教育を受けたので子供は親と引き離して育てた方がいい、という考え方を持っていました。親と離れていた方が、人に甘える気持ちがなくなるし、かえってその方が親の愛情のありがたみもわかる、というわけです。そこで、私も静岡の叔父のところに小学校2年の時に預けられまして。病気をしてしまったので2カ月で家に帰ったのですが、その後もまたやられそうになったりしました(笑)。

 戦争中、父の書いた評論は発禁になったこともあったくらいで、政府当局に目をつけられていましたから、その頃おふくろは随分ひやひやしたと思うのだけど、親父の仕事をコントロールするようなこと、たとえば「あんまりあぶないことは書かないでくれ」というようなことは、一切言いませんでしたよ。

世襲に猛反対した母

 お袋が唯一嫌がったことは、実は親父が政治家になることだったんです。親父が政治の世界に入ったのは、60歳を過ぎてからだったけど、これは嫌がっていた。文句ばっかり言ってましたよ(笑)。親父は評論家としていくら評論を書いてもなかなか世の中は動かない、だったら政治家になってもっとダイレクトに世の中を変えたいという気持ちが強かったようですが、政治家になると訳のわからない人が家に出入りするようになるでしょ。人の家なのか自分の家なのかわからなくなる。そうやっておだやかな家庭生活というものがなくなるのが嫌だったんです。私もそうだけど、おふくろは政治家に寄ってくる人間が好きじゃなかったんですね(笑)。もちろんやるとなったら妻として一生懸命つとめていましたよ。

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source : 文藝春秋 1998年2月号

genre : ニュース 政治