ゼレンスキー大統領「PR戦」の敗北

高木 徹 ノンフィクション作家・元NHKチーフ・プロデューサー
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連戦連勝だった「戦争広告代理店」の手法が通用しなくなった

 アメリカ東部時間の8月18日午後、日本時間では19日の午前2時10分を回ったころ、東京にいる私のノートPCには、FOXニュース(以下FOX)の中継画面を通してホワイトハウス・ウエストウイングの玄関に黒いシボレーのSUVで到着したゼレンスキー大統領が映し出されていた。

 半年ぶりのホワイトハウス訪問に何を着て現れるのか? それを注視していた私の目に入ってきたのは、厚手の黒いジャケットに、ノーネクタイで黒い襟のついたシャツという、スーツといえばスーツだが、フォーマルともいえない中途半端な衣装に身を包んだ小柄な男の姿だった。不自然なまでにふりまく笑顔は不安の裏返しであることが見てとれた。

トランプ大統領と会談するゼレンスキー(8月18日) Ⓒ時事通信社

 そこには3年半前、自国の首都で命も顧みず「私たちはここにいる」と自撮りのカメラに決然と言い放った千両役者の面影はなかった。それでも、トランプ大統領に「気に入ったよ!」と褒められ、2月の「歴史的口論」の会談でスーツを着てこなかったことを責めた親トランプの新興メディア記者からも「ファビュラス!」と言われ、半年前とはうってかわった良い雰囲気を作り出した。その点では「ジャケット作戦」は成功だった。

 だが、それから1日もたたないうちに、ホワイトハウスが世界に発表したある画像によって、もはやゼレンスキー大統領は、世界の情報戦の脇役にすぎないことを思い知らされることになる。

 同じころ、PC画面の隣のウィンドウに表示されているSNSのXの画面には、インドのモディ首相のポストが流れていた。「私の友、プーチン大統領よありがとう! アラスカ会談の分析を知らせる電話をかけてきてくれました」。ウクライナに侵攻し、世界の「お尋ね者」になったはずのプーチン大統領を「友」と呼ぶ、グローバルサウスのリーダー格の指導者の世界へのメッセージだった。

 これらは、2022年2月24日に始まったロシアによる侵攻以来、国際世論を操るPR情報戦に打って出て、世界を味方につけてきたウクライナの指導者に大きな異変が起きていることを表している。情報空間を席巻し続けた天才的「演者」が、今年1月に復帰した異形のアメリカ大統領の前にその輝きを失い、戦場と同じく情報の戦いでも旗色が悪くなっているのだ。なぜ、いつ、歯車が狂ったのか? 言うまでもなく、3年半に及ぶウクライナ侵攻の非の第一はプーチン大統領にある。同時に、いま展開されている情報戦の帰趨には、その一言では収まらない現実があるのだ。

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source : 文藝春秋 2025年10月号

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