クリミアの“露軍”も、歓喜の市民も生中継させる「秘策」
画面から怒気を含んだドスの利いた声が響きわたってきた。
「我々は今こそ行動しなければ、一九三八年から一九三九年当時、なぜミュンヘンでもっと決然と行動しなかったのか、と世界が後悔したのと同じように後悔することになる。我々は(ヒトラーによる第二次大戦の勃発という)その後の歴史の経過を知っているのだ」
それは、今年三月二日放送のCNNの看板国際政治番組「ファリード・ザカリアGPS」での一場面である。二月下旬のウクライナ親ロ派政権の崩壊劇のあと、ロシア軍と思しき部隊のクリミア侵入という事態を前にして、アメリカと世界はどう対処すべきかがその日のテーマだった。
二分割された画面の向かって左側には、史上初の女性国務長官となったマデリン・オルブライト、右側にはカーター政権の大統領補佐官で長年にわたり影響力を及ぼし続ける国際政治学者、ズビグニュー・ブレジンスキーという、いずれも東欧にルーツをもつアメリカ外交政策の重鎮がライブでつながり映し出されている。そしてスタジオのMCはインドのムンバイ出身でハーバードとイエールに学び、タイム誌とニューズウィーク誌、さらにはワシントン・ポスト紙で活躍し、テレビでは公共放送ネットワークPBSのアンカーからCNNへとステップアップしてきたアメリカテレビニュース界を代表する「スーパーキャスター」の一人ザカリア氏。冒頭の発言はそのかすかにインド訛りのある英語の質問に対してブレジンスキー氏が答えたものだ。すかさずザカリア氏は、オルブライト氏に「あなたも繰り返し、ミュンヘンが重大なアナロジーになると言ってきましたね」と問いかけ、オルブライト氏は「ミュンヘンの時に問題だったのは、アメリカが関心を持たず、当事者のチェコスロバキアも参加できずに、その頭ごしに全てが決められたことだ」と、これ以上頭の切れる人がこの世にいるだろうかと思わせる淀みない早口で続けた。
ここで何度も引き合いに出された「ミュンヘン」とは、一九三八年九月、欧州征服の野望を隠したナチスドイツのヒトラーと、そのファシズムの仲間であるイタリアのムッソリーニ、これらに対峙すべきイギリスのチェンバレン、フランスのダラディエ両首相の四首脳で行われた国際会議「ミュンヘン会談」のことだ。会談はヒトラーが、「ドイツ系住民が多数を占める」隣国チェコのドイツ国境寄りの地帯ズデーテン地方の割譲を要求、大部隊を国境に集めて侵攻をちらつかせる中で行われた。英仏首相はヒトラーをなだめようと、ドイツのズデーテン併合を認め、これで味をしめたヒトラーがその後のポーランド侵攻に始まる第二次大戦へと突き進む歴史の分岐点と考えられている。このとき決然と連合国側が立ち上がり、ヒトラーの野望を挫いておけば、その後の悲劇はなかった、と歴史家たちには指摘されているのだ。
言うまでもなく、チェコをウクライナに、ズデーテンをクリミアあるいはウクライナ東部に置き換え、そしてヒトラーをプーチンに置き換えれば、今起きていることそのままではないか、ということが論議されている。そうした歴史上の出来事との類推については、「ミュンヘン」とひとこと言うだけで、出演者はもちろん視聴者も即座に理解することが前提として放送が行われている。
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source : 文藝春秋 2014年05月号