木川田一隆 すべて女房まかせの趣味人だった

ビジネス 経済

大正15(1926)年に東京電燈に入社した木川田一隆(きかわだかずたか)(1899―1977)がコウ夫人と結婚したのは27歳の時。幼なじみのような出会いで恋愛結婚。戦後、一隆氏は、電力事業民営化再編を実現。東京電力の取締役として人事刷新を断行、経済同友会の代表幹事として訪中し、周恩来首相と会談するなど、数々の難局を乗り切って活躍した。しかし家庭での素顔は、相変わらず女房まかせの趣味人。その奔放ぶりをコウ夫人はどんなふうに見ていたのか……。長男の隆一(りゅういち)氏が語る。

 姉さん女房じゃないけど、おやじはお袋のこと、頼り切ってました。どちらかというと一家の主はお袋じゃないかと思うほど。おやじにとって家庭は憩いの場で、外での忙しさを忘れて、のんびりしたかったんだと思います。金のことも、家を訪れるお客さんのことも、何から何までお袋に任せ放しでした。お袋はどちらかというと、肝っ玉母さんのようですし、ちょうどいいコンビでした。ただ何と言うか、おやじがちょっと頼りすぎて、ちょくちょく無茶をするものだから、お袋が小言を言い出したりするのです。

 おやじが浅草で支店長だった時に、小鳥に凝ったことがあるんです。全国大会優勝などの珍しくて、高価な小鳥をたくさん置いてある職人肌の店で、そこに入り浸りになって、一カ月分の給料はたいてカナリア買っちゃいましてね。とうとう家には一銭も入れずじまいだった。凝り性なんです。そのうえ金銭感覚はけして鋭いほうではない。でも、文句を言うお袋に対しては「まあ、それでやりくりしてくれ」と(笑)。

一竿釣師

 なぜこんな話をするかと言うと、次にお袋に怒られるのは私だったからなのです。長男だから、そういう悪い買い物に付き合わされちゃうんですね。お袋にしてみれば「いっしょについて行って何をしている」ってものです。それをおやじはたぶんわかっていて連れていくのでしょうから、ずるいよなぁ。

木川田一隆 ©文藝春秋

 それで、小鳥の次は釣りに凝るようになりましてね。釣りはずっと続きました。最初は、主に川釣りです。でも釣果は川には魚はいないんじゃないかと思うほどさっぱりで、本格的に釣り出したのは、終戦直後の疎開中でした、突然、疎開先にたくさんのハゼを送りつけてきて、この時からおやじの釣りに対する家族の評価ががらりと変わりました。

 そう、釣りと言えば、昭和20年代の労働争議のころでした。労務部長をしていた関係で、自宅に組合関係者がやってきて、家の前で爆竹を鳴らしたりして、ずいぶん騒々しいときがあったのです。実際の担当者ですからね。でも、おやじは、その時もその応対をお袋に任せて、自分は釣り竿を担いで裏木戸から表へ出て、釣りにいっちゃうんです。当時は、千葉県市川に住んでいたものですから、周りは沼で釣る場所には不自由しない。お袋は、それでも表向きは何でもないような顔をしてましたから「ちょうどいいや」って思ったんでしょう。社交的なお袋に比べて、おやじは宴会嫌い。もともと人前に出るのは好きじゃなかったようで、年始挨拶などで来客があっても、すぐに奥に引っこんで、一人で酒を飲むというようなところがあったのですが、それにしてもね。お袋も時折、思い出したように、文句を言ってました。

 おやじが生きているときは、敷地に子供たち兄弟全員が、住んでいたほどで、おやじは家族でにぎやかにやるのが好きでした。

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source : 文藝春秋 1998年2月号

genre : ビジネス 経済