敗戦後の電力事業再編で、政策的低料金、補助金やプール金に頼った戦時統制下の体制をうち崩し、現在の姿を作った松永安左ヱ門(まつながやすざえもん)(1875―1971)。「電力の鬼」と呼ばれたのは、その後のことである。
大茶人としても知られるが、数寄者垂涎(すきしやすいぜん)の名器は後年、茶室ごとそっくり東京国立博物館に寄付。勲一等のメダルもお手伝いの子供の玩具にした。世間の価値観におもねらず、信念を貫いた松永は昭和46(1971)年、95歳で永眠。元電力中央研究所常務理事の貞森潤一郎(さだもりじゅんいちろう)氏は晩年まで身近に仕えた。
「官僚は人間の屑である」
昭和12年の大講演会で、壇上から松永安左ヱ門さんが言い放つと、その場に居た官僚たちは憤然と色をなしました。
産業の振興は経営者の自主発奮と努力によるもので、官庁頼みではならない、というのが松永さんの主張です。しかし、戦前の官僚の権勢は、今日とは比べ物にならない。たちまち新聞が書き立てる大騒動となりました。権威にふんぞりかえる人間や、それに媚びる態度が嫌いな、松永さんらしい逸話です。

戦前、北九州から東北まで多くの電力会社を勢力下に置き、“電力王”といわれた松永さんですが、昭和17年に中核だった東邦電力が国家管理体制に組み込まれると、100にも達した役職を全て辞めて、武蔵野の山荘にこもってしまいました。大茶人と呼ばれた益田鈍翁、原三渓ら大物財界人に手ほどきを受けた松永さんは、自らを「耳庵(じあん)」と号し、世俗を絶って、侘び茶三昧の日々を送ったのです。
松永さんの戦後の活躍は昭和24年から始まります。GHQの督促により電力事業民営化をすすめる政府は、電気事業再編成審議会を設置し、松永さんが会長に就任します。全国の発電を一社で担う日本発送電の解体には守旧派だけでなく、審議会の委員全員が反対して孤立しますが、ついに実現しました。
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source : 文藝春秋 2006年2月号

