沢尻エリカ「撮り直し」は必要ない

白石 和彌 映画監督
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集中砲火のバッシングを浴びせる世の中の動きについては、正直「どうかしている」と思わざるを得ません。世論のムードに流されるように、なんでもかんでも“自粛”するのは文化にとっても損失です。そして、復帰の道を閉ざしてはならない――。

世の中の動きは、正直「どうかしている」

 僕は映画監督を生業にしていますが、まずはじめに申し上げたいのは沢尻エリカさんとは一面識もないということです。今回彼女がなぜ逮捕されるに至り、薬物をどれほど使用してきたのか。報道されていること以上を知りうる立場にありません。

 もちろん彼女が法を犯したのなら、その罪を償うのは当然のことです。違法薬物の使用を擁護するつもりはさらさらありませんし、法の下で処罰されるのも当然と考えます。

 しかしながら、彼女が逮捕されて以降、まるで「水に落ちた犬を打つ」ように彼女のこれまでの業績のすべてを否定し、集中砲火のバッシングを浴びせる世の中の動きについては、正直「どうかしている」と思わざるを得ません。

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白石氏

 このままでは彼女が今後クスリをやめ、再起を図ろうとしても、そのスタートラインに立つことすらできなくなる。本当にそうなってもいいのか――僕の主戦場はあくまで「映画」です。しかし、私的リンチを執拗に繰り返す、この社会の不寛容さへの疑問から、今日はあえてお話しすることにしました。

 2019年11月16日、女優の沢尻エリカ(33)が合成麻薬「MDMA」を所持したとして警視庁に麻薬取締法違反容疑で逮捕された。逮捕を受け、NHKは沢尻が出演予定だった来年の大河ドラマ「麒麟がくる」について、代役を立て、既に収録済みの出演シーンについては撮り直しを検討していると報じられた。

 沢尻さんが演じる予定だった帰蝶(濃姫)は、のちに織田信長の正妻になる人物で、ドラマのキーパーソンの1人なんだそうです。沢尻さんは初回から出演予定で、既に10話程度まで撮影を終えていると、逮捕から少しして伝えられました。

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沢尻エリカ

 それに対して「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんが中心になり、ネット上で「NHKは大河ドラマ『麒麟がくる』沢尻エリカさん収録分を 予定通り放映してください!」とするキャンペーンを展開、僕はいち早くその運動に賛同の意を示しました。

 結局、NHKは11月21日に、沢尻さんの代役を女優の川口春奈さんが務めると発表。その決定自体は残念でしたが、キャンペーンにはわずか3日で3万人以上の署名が集まったそうです。

 僕が、このキャンペーンに賛同した理由には今年3月、俳優のピエール瀧さんがコカイン使用の容疑で逮捕されたあとに考えたことが関係しています。

文化にとっても損失

 あの時は僕も“当事者”でした。僕が監督した「麻雀放浪記2020」の公開が翌月に控えており、瀧さんは、重要な役で出演していたからです。深夜のニュース速報で逮捕の一報を知った時は本当に動揺し、世論の状況によっては撮り直しを求められることも覚悟しました。

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ピエール瀧氏

 実際にその後、既に放映がスタートしていた大河ドラマ「いだてん」では彼の出演シーンを再編集してカット、そののちに代役を立てる措置が取られましたし、5月公開の映画「居眠り磐音」は、代役をたてて撮り直すことになりました。

 しかし、「麻雀放浪記」の配給会社の東映はノーカットでの公開を決定。僕は東映の多田憲之社長と一緒に会見を行うことになりました。

 僕がその席で、まず申し上げたのは瀧さんについてです。

「バカ野郎としか言いようがない。罪をきちんと反省して治療してほしい」と思いを述べ、その後にノーカットでの公開について「議論の余地なく、社会の流れで公開中止が決まっているかのように、作品に蓋をしてしまうのはよくないんじゃないかと思います。公開できないというのは、あくまで特例であってほしい」と述べました。世論のムードに流されるように、なんでもかんでも“自粛”するのは文化にとっても損失だと思ったからです。

 僕の会見がどれほど影響したかは知りませんが、その後公開された「宮本から君へ」「引っ越し大名!」、来年1月公開の「ロマンスドール」といった映画では瀧さんの出演シーンはカットされず上映されることになりました。

 僕は、出演している俳優が不祥事を起こした時に「作品に罪はない」という理由ですべてをなかったことにしていいとも思っていません。たとえば、出演者が殺人を犯したとか、“被害者”を伴う凶悪事件を起こしたとすれば、放映や上映を自粛することも必要だと考えます。

 どんなテーマの作品なのか、どんな事件だったのかなどをきちんと議論して、ケースバイケースの判断が求められると思います。その意味で今回の沢尻さんの件は被害者がいるわけでもないし、薬物依存というのは「病気」の側面もある。彼女の社会復帰の芽をつぶさないためにも、代役は立てないほうがよいと僕は考えたのです。

自粛が当たり前の風潮

 僕が今どうしても馴染めないのは不祥事があればその内容は問わず、とにかく自粛や謹慎は当たり前だとする風潮です。

 例えば、お笑い芸人のチュートリアル・徳井義実さんのケースです。税金の申告漏れが発覚して、出演していた「いだてん」の登場シーンは再編集で大幅カット。彼自身も活動自粛に追い込まれましたが、正直僕にはなぜそこまでしなければならないか、あまり理解できません。誰かに被害が及んだわけでもないし、結果として、徳井さんは追徴金を含めて税金を支払っています。会見も開き、自分の言葉で謝罪もしたのに、なぜ何カ月も表舞台に出られないほどの責めを負わなければならないのでしょうか。

 申告漏れの額が大きかった、税逃れの手口が巧妙で悪質だった――そういう批判もあるのでしょうが、それは税務署が問題にすべきことではないでしょうか。だからこそ追徴金も払ったというのに、それでも徳井さんをなおバッシングするこの社会の風潮はなんなのかと思うのです。

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 勝新太郎

 無論、一種公人的な側面がある芸能人に一定程度の倫理や規範意識を求めるのも仕方ないとは思いますが、過剰に潔癖であることを求めるのも「いかがなものか」と思います。勝新太郎さんや萩原健一さんがかつて不祥事を起こしたときにこれほどまで強くカムバックを許さない不寛容な空気があったでしょうか。少しでも悪い面があったら、一気に全人格を否定し、些細な間違いでもあげつらい、晒し者にすることに何の意味があるというのでしょうか。

騒ぐのは祭りの時だけ

 僕はその背景に、「無責任な正義」をいたずらに振りかざしてやまない一部の人たちと、その人たちからの批判や炎上を過剰に恐れて、問題が起きても、その本質には全く理解を示さず、とにかく「臭いものにはフタ」をしようとする風潮があると感じています。

 先ほど触れた映画「宮本から君へ」に対し、文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」からの助成金の交付が内定していたにも関わらず、7月に交付が取り消されていたことが明らかになりました。

 交付は3月に内定しましたが、出演者のピエール瀧さんが、6月に有罪判決を受けたことを受け、「公益性の観点から適当ではない」という理由で取り消しとなったというのです。「国が薬物を容認しているかのような誤ったメッセージを与える恐れがあると判断した」というのが振興会の言い分だそうですが、そもそも「公益性」とは何かという本来すべき議論を飛ばして、「臭いものにフタ」をした印象はぬぐえません。

 国の助成や補助金に絡むこれらの問題には非常に根深いものがあり、今回はこれ以上の深追いはしませんが、しかし、なんでもかんでもまずフタをすればよいという現状をいつまで許すのでしょうか?

 僕はまず「無責任な正義」を振りかざす人たちの声が、本当に大多数の声を反映しているのか、改めて検討してみる必要があると思います。

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source : 文藝春秋 2020年1月号

genre : ニュース 社会 芸能