《スペシャル特集》10人が太鼓判。ジャンル別ガイド
ナ・ホンジン監督から『哭声(コクソン)』(2016年)のオファーをもらった時に、彼の長編デビュー作『チェイサー』(2008年)を初めて見て、「この監督とやってみたい!」と思いました。
シリアルキラーの殺人事件をひょんなことから追いかけることになる元刑事(キム・ユンソク)の話。犯人もすぐ明らかになるし、ストーリーはとてもシンプルにもかかわらず、どんどん引き込まれていく。ハ・ジョンウの出世作ですが、彼のシリアルキラーぶりが絶妙で。ステロタイプの殺人鬼ではなく、どこか滑稽で徹底的に残忍。暴力的な描写も激しい。セオリーには則らない展開で、随所に驚きがある。
ナ・ホンジンの映画にある独特の吸引力の理由を僕は撮影現場で身をもって知りました。彼はすごくクレバーで、撮っている時点で映像を観た時の観客の心理を“逆コントロール”することを考えている。物語を追う中で観客が抱く心理とは真逆の方向に引きずり回すことを意図的にやる人なんだと一緒にやってよくわかりました。目的を持って、ワンショット、ワンテイクを撮る。これが彼の真骨頂だなと。
さらに面白いのは、さんざん引きずり回しておいて、最終的な決着を観客に預けてしまう演出もする。『哭声』で僕は謎の多い日本人を演じています。まるで悪魔のような、この男が韓国に現れてから、地方の村にいろいろな災いが起きて、祈祷師を呼ぶという話になる。そこでやってきたファン・ジョンミン演じる祈祷師が着替えるシーンで、彼は褌を締めているんです。韓国には褌というものは存在しないので観客は戸惑います。敵視する日本人の私と対峙しようという人間が、日本の褌を締めている。ここで「ちょっと待てよ。この祈祷師おかしいぞ」と気がついた人はこれ以降、この褌の仕掛けに振り回される。一方、その違和感に気付かなかった人は別のポイントにこだわって観る。全く違う見方ができるようになっているんです。韓国では700万人に迫る観客動員となり大ヒットしましたが、細部を見直そうとするリピーターも多かったんじゃないでしょうか。韓国のショッピングモールを訪れた際、ベビーカーを押したママさん3人が僕を見つけて、「わあ、悪魔! ファンです。怖かった!」とニコニコして写真撮影を求められたこともありました。「怖かったんとちがうの?」と思いましたが(笑)。
キャメラマンのホン・ギョンピョもこだわりが激しい人で、画作りについてよく監督とぶつかっていて、面白かった。あの後に、アカデミー賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』(2019年、ポン・ジュノ監督)を撮るのですが、画の雰囲気が全然違っていて、驚かされました。
『パラサイト』では、韓国社会における社会格差をただ嘆くのではなく、哀しいおかしみのあるエンターテインメントに昇華している。富裕層の豪邸に貧しい家族が一家そろって身分を偽って潜り込むという突飛なストーリーテリングだし、状況設定もぶっ飛んでいる。でも、「なるほど、それはあってもおかしくないな」と思わせてくれる説得力があるんです。
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