ならず者の独裁者とどう戦うか
第二次世界大戦でナチスドイツと戦い、多くの国民の血を流しながらも、全体主義の悪夢からヨーロッパと世界を守り抜いた大英帝国の宰相、ウィンストン・チャーチル。彼は1874年11月30日に生まれ、ビートルズ人気が世界を席捲し、未曾有のポンド危機が深刻化する中、1965年1月24日、90歳で亡くなった。つまり今年11月で生誕150年、そして来年は没後60年にあたる。
21世紀の世界とチャーチルの生涯は、再び重ね合わされる時代を迎えている。チャーチルが英国首相に就任したのは1940年、65歳の時だった。そして21世紀の今日、世界を見渡せば、再び「チャーチルの季節」が到来しつつあるように見える。
侵略と膨張を続ける全体主義の独裁者をいかに抑止するか、また衰退の徴しを見せる超大国に世界はどこまで依存し続けられるのか。第二次世界大戦前夜の欧州のように、世界では再び、権威主義、全体主義国家の独裁者が跳梁し、民主主義が危機に瀕している。巨視的な分析をすれば、現在の東アジア情勢も、第二次大戦直前の1930年代のヨーロッパ情勢とのアナロジーとして私の目には映る。当時の英国と現在の日本の立ち位置は大いに異なるという点には注意を払いつつ、本稿では、チャーチルの現代における意味を探りながら、日本のリーダーと国民が今後採るべき道についても論じてみたい。
軍備拡張に邁進するヒトラーと習近平
1930年代のナチスドイツは着々と軍備を増強し、英仏はその動きを認識していたにもかかわらず、国内政治に気を取られ、ヒトラーの偽装にだまされ、「対独宥和政策」を採った。第一次大戦が終わったばかりで、厭戦気分が国内世論を覆っていたことも大きかった。チャーチルはこの政府の宥和政策に対して、無役の与党議員として議会で猛烈な反対意見を表明していたが、長い間、政界で孤立していた彼に耳を傾ける者は少なかった。
ナチスは1933年1月にドイツで政権を奪取するが、その後、空軍力を中心に国民所得の10〜15パーセントを超える国費を投じて軍備増強を行っていた。一方、習近平体制の中国が毎年伸び率7パーセントというスピードで軍備拡張を行っているのは誰もがよく知るところだろう。全体主義、権威主義体制の独裁国家が史上類例のない速いペースで、周辺情勢から見て必要以上の軍備拡張を進めているという点で、ヒトラー・ドイツと習近平の中国はよく似ている。
当時の英仏の立場は、今日でいえば米日に当たるかもしれない。とりわけヒトラー・ドイツの脅威をまともに受けたのが、隣国のフランスだった。さらに言えば、1930年代、あるいは1920年代から続くフランスの長きにわたる経済低迷や、第一次大戦後の人口減少も現代日本に重なる。また、未曾有の犠牲者を生んだ大戦の反動で戦後の厭戦気分、観念的平和主義が深く染みついた国だという共通点もある。
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