好きなことを好きなようにできることは本当に幸せなことです。私にとってそれは、本と関わることを意味します。韓国で詩の創作を、留学先の日本で文芸評論を学び、以来日本と韓国で本と関わる仕事に携わってきました。
初めに手掛けたのはエージェント業でした。自分が読んで良いと思った作品の翻訳出版を出版社に提案していく仕事です。韓国で日本文学が広く読まれているのだから日本でも韓国の作品が受け入れられるはずだと確信を持っていたのですが思うように成約しません。そんなときに友人が「自分で出版すれば?」とアドバイスしてくれたのです。
そこで出版社を立ち上げ、2011年に「新しい韓国の文学」シリーズの第1巻『菜食主義者』(ハン・ガン著、きむ ふな訳)を出しました。1作目はこれしかないと思い続けていた連作小説集で、装丁にもこだわりました。刊行直後に詩人の高良留美子さんやドイツ文学翻訳家の松永美穂さんによる書評が載ったときには、自分たちの仕事が認められた気がして嬉しかったことを今でも覚えています。
同時代の韓国文学のショーケースとして様々な作家を紹介してきたこのシリーズも、来年刊行予定の新刊で20巻目となります。シリーズ初の歴史小説で、儒教思想を重んじる朝鮮時代に万人平等を説く天主教(カトリック)の教えに憧れた人々を描いた『黒山』(金薫(キム・フン)著、戸田郁子訳)です。命を懸けて何かを信じることや、身分や思想が違っても相手を尊重するといった話は、現代の人々にも共感できると思います。
『菜食主義者』の刊行当時と比べて、最近は日本に紹介される韓国文学作品が格段に増えました。広まったきっかけとしては、2015年の第1回日本翻訳大賞をパク・ミンギュ著『カステラ』(ヒョン ・ジェフン・斎藤真理子訳、クレイン刊)が受賞したことや2016年に『菜食主義者』が英国でマン・ブッカー国際賞を受賞したことが大きいと思います。そしてもう一つ、手前味噌ですが、本の街神保町に韓国の本を扱うブックカフェ「チェッコリ」がオープンしたことも挙げたいです。
かつて韓国の本を扱うお店は都内に2、3軒ありました。けれども2012年から日韓情勢が一気に冷え込んだことで次々と閉店してしまい、韓国語を学んだ人たちが原書を買いたいと思っても買える店がない。それを残念に思い、「出版社もやっているのだから本屋もできる」という発想で、チェッコリを2015年の七夕にオープンしたのです。無謀だと心配もされましたが、出版社の事務所も月島から神保町に移転し、15坪を書店に、5坪は出版社にして動き出しました。
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source : 文藝春秋 2020年1月号