女子大の教育における最大のアドバンテージとは

「ニーズ」にすり寄ることの危うさ

内田 樹 哲学者

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ライフ 教育

いま知っておくべき論点を、専門家がコンパクトに解説する「文藝春秋オピニオン 2026年の論点100」。この人気ムックの記事を「文藝春秋PLUS」でも紹介します。

「女子大は必要なのか?」という論題を頂いた。いきなり「ちゃぶ台返し」をするようでほんとうに申し訳ないのだけれど、私はこのような問いの立て方そのもののうちに、日本における学校教育の劣化の理由がひそんでいると思う。学校教育は「必要」とは関係がない。だから、「必要なのか?」という問いには「そんなことどうでもいいじゃないか」としか答えようがない。

 私は長く神戸女学院大学という女子大に勤めていたが、今は理事をしている。仕事柄経営の話にかかわることになるが、会議で「市場のニーズ」にどう対処するかという話を聴くうちに頭が痛くなってくる。どうして「教育の話」をしないのか。たしかに学部改組とか新学科創設という議題は出るが、「どのような教育をしたいか」ではなく、「どうすれば志願者が集まるか」に議論は終始する。これでは志願者たちは「教育を求めている人間」というより「学納金納付者」ではないか。だから、時々「そんなことどうでもいいじゃないか」と机を叩きたくなることがある。「社会のニーズ」なんか知るかよ。問題は私たちが「何を教えたいか」だ、と。

 神戸女学院を建学したのは2人の米国人女性宣教師である。彼女たちが日本の土を踏んだのは1873年(明治6年)3月である。「切支丹禁令」の高札が外されたのは同年2月末である。つまり、2人がサンフランシスコから船出した時に彼女たちは日本から「来るな」と言われていたのである。「市場のニーズ」はゼロどころかマイナスだったのである。それでも、2人は日本に来て、小さな学塾を開いて、彼女たちが「教えたいこと」を教えた。建学するというのはそういうことである。自分の身銭を切って、誰も「教えて欲しい」と言わないことを教える場を立ち上げることである。

 彰義隊の戦争で江戸中が大混乱のうちにあるときに、福沢諭吉は英書で経済の講義をしていた。「徳川の学校はつぶれ、維新政府は学校どころの場合でない、日本国中いやしくも書を読んでいるところはただ慶應義塾ばかり」と福沢は『福翁自伝』で胸を張っている。英語で経済の書物を読むことにこの時点では何の「市場的」緊急性もない。でも、福澤はもっと長いタイムスパンの中で「日本に必要なことは何か」を思量していた。

内田樹氏 ©文藝春秋

 日本には約600の私学があるけれど、建学者たちが「市場のニーズ」を見計らって、採算が合いそうだから建学するというマインドの人だったら、たぶん日本の今ある私学の90%は存在していないだろう。学校教育というのは教える側が身銭を切って「教えたいこと」を教える場であって、「市場のニーズ」に応えて行うものではない。

 2004年に特区で始まった「株式会社立大学」なるものがあった。ご記憶だろうか。ビジネスマンたちが「大学の教員たちは経営センスがない。われわれ実務家が大学を経営したら大成功する」という触れ込みで大学を次々立ち上げたのである。だが、志願者は集まらず次々廃校に追い込まれた。当然である。株式会社的に考えれば教育活動そのものが「コスト」に計上されるからである。だから、「できるだけ教育しないで、学納金だけ徴収できる仕組み」が経営的にはベストである。経営者たちはそう考えた。学生たちはできるだけ勉強しないで単位を取って卒業したいと思っている。となると「教えない大学、学ばないで済む大学」を子どもたちは最も選好するはずだ。そこでビルの一室を借りてキャンパスとして、授業はビデオで流し、図書館も学生会館もクラブ活動もない大学を作った。もちろん学生は集まらなかった。たぶんこの時潰れた株式会社立大学の経営者たちは「どうして市場のニーズに100%合わせたのに学生が集まらなかったのか」今でも理解できていないだろう。

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source : ノンフィクション出版 2026年の論点

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