力士としては第52代横綱、親方としては千代の富士、北勝海の2人の横綱を育て、NHK大相撲中継解説者としても人気を博した北の富士(1942〜2024)。元NHKアナウンサーで、放送席で軽妙な掛け合いを繰り広げた吉田賢氏が、その素顔を語る。

北の富士さんが鬼籍に入られてから、2年近くが経ちました。私は昨年5月を以てNHKを退職しましたが、今も大相撲中継を見ていると、ふと「北の富士さんだったらこんなことを言いそうだな……」と、放送席でのお姿が浮かんできます。
北の富士さんといえば、横綱として、親方として、そしてNHK大相撲中継の専属解説者として、豪放磊落な人柄でお茶の間に親しまれてきました。時にはボケを仕掛けてくることもあり、私も遠慮なくツッコミを入れる。そんなやり取りを北の富士さんは面白がって許してくれ、いつしか我々の掛け合いは「居酒屋トーク」と呼ばれるようになりました。「しゃべり過ぎだ」なんてお𠮟りを受けることもありましたが、解説者と丁々発止で言葉を交わすという実況スタイルを作ってくれた北の富士さんは、人生の恩人です。
ある有名政治家と芸者さんを取り合ったり、とんでもない量のお酒を何事もなかったかのように飲み干してしまったり……伝説のようなお話は私もいくつも伺いましたが、長年ご一緒する中では、そんな豪快な印象とはまた違う、細やかな気遣いに幾度となく触れてきました。
北の富士さんは取組後の解説で時折「あ、ごめん。見てなかった」と言うことがあり、最初は私も驚いたものですが、次第に、実は半分は見ていたのではないかと思うようになりました。というのも、「見てなかった」と言うのは、向正面の解説の親方が得意な相撲が出た時に多かった。つまり、「親方がうまく説明できるだろう。そちらに振ってやれ」という気遣いだったのではないか、と。しかし向正面解説が舞の海さんの場合は「いや、俺はこう思うなぁ」と口を挟むこともあり、「あれ、北の富士さん、見てなかったんでしょ!?」と、ツッコミを入れることも少なくありませんでした。
またある時、私が妻と歩いていると、散歩中の北の富士さんとすれ違ったことがありました。「親方!」と声をかけ、妻を紹介したのですが、「あー、どうも」と、そっけない。少し気掛かりに思いながらも後日、「先日はどうも」とご挨拶したら「吉田さん、あの女性誰?」「誰って、妻ですよ」「ほんと? いや、平日の昼間だったから、俺はてっきりまずいとこ見たなと思って。だからちょっと知らんぷりしたんだよ」と仰る(笑)。野暮なことはしないという、粋な北の富士さんらしいお気遣いだったと、今でも思い出して笑ってしまいます。
お酒の席でも、私がワインが苦手なのをご存じで、わざわざウイスキーを持ってきてくださるなど、細やかな気遣いをされる方でした。
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