米中両国は、先月、貿易協議で第1段階の合意にこぎつけた。トランプ政権が仕掛けた米中貿易戦争は今回、とりあえず休戦に持ち込んだ形である。
しかし、米国は5Gをめぐるファーウェイ(華為技術)排除の動きを止めるつもりはない。半導体、AI、量子コンピューティング、バイオといった戦略技術をめぐる米中の技術覇権闘争(“争覇”)は今後、一段と激しさを増すだろう。
また、金融・投資・通貨といったマネーも米中の“争覇”の渦に巻き込まれるだろう。インフラ投資は、コネクティビティ(接続)を通じて勢力圏の拡大をもたらす。準備通貨はネットワーク効果を生み、金融支配力を持続させる。米国はSWIFTと呼ばれるドル決済システムを使って、金融制裁を即座に発動できる。
米中の“争覇”が、経済相互依存の武器化を生み出し、グローバル・サプライ・チェーンのデカプリング(断絶)のリスクを生じさせている。冷戦時代、ソ連は米国に軍事で挑戦したが、中国は経済を主戦場に据えようとしている。一方、米国はイラク戦争の失敗後、海外への軍事介入疲れが顕著であり、相手国に圧力をかけるのに経済を用いる傾向を強めている。
勢力均衡を図るために経済力を用い、抑止力を構築するのに経済力を組み込む。軍事力より経済制裁を発動する、そのような動きが広がっている。
地経学の時代が到来したのだ。
地経学とは「地政学的な目的のために経済を手段として使う」ことにほかならない。
この言葉は冷戦後、使われるようになったが、冷戦期においても、地政学者のズビグネフ・ブレジンスキー(コロンビア大学教授)は1968年の論文で、電子、なかでもコンピューター・コミュニケーションの発展が「ドクトリンを掲げたカリスマ的な指導者のない革命をもたらし、パワーは情報とデータを握るものへと集中し、数十年後にテクノクラート独裁の傾向を生み出す可能性」を指摘した(「技術電子時代の米国」、エンカウンター誌)。
この予言は冷戦後のグローバル化とインターネットの登場によって現実のものとなった。そして、いま、デジタル空間において地経学的闘争が最も激しく戦わされている。
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source : 文藝春秋 2020年3月号