致死率2%でも「医療崩壊」最悪のシナリオ

岡田 晴恵 白鷗大学教授・元国立感染症研究所研究員
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新型コロナウイルスの怖ろしい点は何か。それは「強い感染力を持つ」ということだ。一見、軽く見えても、同時に多数が感染すれば、“医療崩壊”をもたらしかねない。100年前、「外出・集会の一律禁止」で大流行を抑えたセントルイス市長の〝英断〟がいま日本にも求められている。
岡田晴恵氏
 
岡田氏

大勢の感染で医療崩壊

 いま日本は、重大な岐路に立っています。この数週間、場合によっては、この1〜2週間で(本稿執筆時点=2月28日から見て)、対応を誤れば、新型コロナウイルスがあっという間に各地で大流行し、高齢者を中心に多くの犠牲者が出て、経済的にも大きな損失が生じる可能性があります。なかでも医療現場が混乱し、流行や院内感染の拠点となり、医療のキャパシティーを超えるほど重症患者が発生し、他疾病患者の診療や治療も麻痺するといった“医療崩壊”すら生じる可能性があります。

 大流行を避けるために残された時間はわずかです。ここでは、過去の政府や行政の失策を云々するよりも、「眼前に迫っている危機に備えて、今からでもできること」に絞ってお話ししたいと思います。

「COVID-19」は、「新型=未知のウイルス」です。“未知”である以上、今後を完璧に予測することは不可能です。しかし、「ウイルスのメカニズム」や「類似した感染症の過去の事例」を踏まえれば、「今後起こりうる事態」「被害を最小限にするための対策」が見えてきます。

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「多くが軽症で感染力が絶大」だから〝怖ろしい〟新型ウイルス

 とはいえ、連日の報道に、「騒ぎすぎではないか?」と感じておられる方も多いのではないでしょうか。春先は、卒業式、入学式、入社式など行事の多い季節で、スポーツの開幕時期でもあります。そうしたイベント中止や観戦の制限が続くことに、「そこまでする必要があるのか?」と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。「一部に重症化する人がいるにしても、大部分の人は感染しても、無症状か、通常のインフルエンザ程度の軽症で済むというのに」と。しかし、「若い人を中心に無症状か軽症で済む」と同時に「強い感染力を持つ」という特徴こそ、今回の新型ウイルスの一番怖ろしい点なのです。

「自分は若いから」「持病はないから」と感じている人が多いでしょうが、個人単位だけで見ても、このウイルスの本質は見えてきません。一見“軽い病気”なのに、同時に大勢の人数が感染することで、社会の大混乱、とくに“医療崩壊”をもたらすかもしれない点にこそ、このウイルスの怖ろしさがあるからです。

 まさにそうしたウイルスが、かつて人類を襲いました。1918〜1920年に世界で大流行した「スペインかぜ」です。これは、当時の「新型インフルエンザ」で、世界人口が約20億人であったところ、5000万人以上もの死者を出しました。

 ちなみに、スペイン・インフルエンザは、H1N1型(例えば、香港かぜはH3N2型)で、その後、通常のインフルエンザとして流行し、“ソ連型”とも呼ばれました。2009年にメキシコから発生した「新型インフルエンザ」もH1N1型です。「スペインかぜ」の際に、当時の人々はH1N1型ウイルスを初めて経験したことになり、しかも病原性が強かったため、激甚な被害となったと考えられています。

致死率2%でも甚大な被害

 歴史人口学者の速水融氏によると、日本での被害は、当時、人口約5500万人だったところ、「感染率42%」「死者45万人」にも達し、火葬場もパンク状態となりました。速水氏はこう述べています。

「スペイン・インフルエンザは、多数の罹患者を出しながら、割合でいえば、罹患者のせいぜい2パーセント、人口の0.8パーセントという死亡率で、ペストやコレラのように罹患者の数十パーセントが死亡するような(ただし、めったに罹患しない)病気より『軽く』見られることとなった。そのことは『スペイン風邪』という呼称によく示されていよう。しかし(略)『風邪』とは全く異なる恐ろしい病気なのである」(『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』)

 WHOは、「新型コロナウイルスの致死率は2%」と発表(2月17日)しましたが、スペイン・インフルエンザも「致死率2%」です。

セントルイス市長の英断

 感染症の流行は、1国内でも地域ごとに違った様相を呈しますが、地域の行政機関の対応次第で、被害に天と地ほどの違いが出てきます。現在、中国における新型肺炎の致死率は、武漢だけが突出していますが、スペイン・インフルエンザの際にも大きな違いが見られました。

 米国の都市セントルイスとフィラデルフィアの死者数の推移(1918年9月下旬から12月にかけて)を比較したグラフがあります。

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1918年のスペインかぜでの死者数の推移 ※米国疾病予防管理センターの資料による概算(人口10万人あたりの死者数を1年あたりで換算した)

 この間、フィラデルフィアの死亡率が0.73%なのに対し、セントルイスは0.3%で、他の大都市と比較しても、最低水準に抑えられました。これは、セントルイス市長のリスクも伴う英断によるものです。

 セントルイスでは、市内に最初の死者が出ると、市長がただちに「緊急事態宣言」を出し、1週間以内に、全学校、劇場、教会、大型販売店、娯楽施設などを閉鎖し、葬儀を含む集会を禁止しました。会議も、フットボールの試合も、結婚式もすべて延期されたのです。

 当然、こうした「集会規制・行動規制」に対しては、商売に悪影響を及ぼすとして、市民や企業家から大きな反対がありました。しかし、市長は、「私は市民が死亡することは望まない」として、みずからの“政治決断”で断行したわけです。

 市中の発症率がまだ2.2%の早期に「集会規制・行動規制」を実施した結果、セントルイスでは、グラフが示すように、大流行のピークが生じず、患者発生数は平坦なカーブを描いて、医療サービスや社会機能の破綻も起こらず、最終的に犠牲者も少なくて済みました。

 これに対して、社会活動への行政の介入が遅れたフィラデルフィアでは、市中発症率が10.8%となってから、ようやく「集会規制・行動規制」が開始され、その結果、8週間にわたって大流行の波が市民を襲い、凄惨な被害を出したのです。

 このセントルイスの事例は、多くの教訓に満ちています。

 1 国の対策だけでなく、「地域での流行」に対する自治体の迅速で柔軟な対応が重要だということ。

 2 「集会規制・行動規制」は、初期対応のタイミングが重要だということ(フィラデルフィアのケースでは、流行発生から3、4週間で急速に拡大しており、「集会規制・行動規制」も、遅きに失すれば何ら効果がない)。

 2月25日、政府は、新型肺炎に対する「基本方針」を発表し、安倍晋三首相は「今が流行を早期に終息させるために極めて重要な時期」と語り、前日の政府専門家会議も、「これから1〜2週間が、急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」との見解を示しました。

 そして2月26日には、安倍首相が「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベントなどは大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は中止、延期、または規模縮小などの対応を要請することとします」と述べました。

 これは、セントルイス市長のような「強制措置」ではなく、あくまで「自粛の要請」ですが、効果が出てほしいと願っています。幸いにも、この安倍首相の発言を受けて、当日予定されていた有名アーティストのコンサートまで急遽中止され、各種スポーツ競技も、中止や延期されたり、無観客試合とする決定が次々となされました。

 さらに27日には、安倍首相は、全国の小中学校・高校等に臨時休校を要請しました。これを「過剰な自粛」と感じる方も多いでしょうが、大流行のピークが生じてしまうのか、流行の波がなだらかなものに収まるのか、いまが正念場なのです。

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安倍首相

 今回の新型ウイルスは、「感染症法上の指定感染症」に指定されていますが、そもそも「感染症法」だけで対応するには無理があります。一度に大量の感染者が発生して社会が大混乱する事態は、「医療(=厚労省管轄)」の問題というより、「国家の危機管理」の問題だからです。

「感染症法」とは別に、政府・全省庁、都道府県、自治体、企業など「広範な協力体制」と「特別措置」に法的基盤を与える「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という法律があります。今こそ、こうした法律を積極的に活用すべきでしょう。

“見えないウイルス”

 しかも今回の新型ウイルスは、以下のような特性を持ち、インフルエンザ以上に「厄介なウイルス」です。

 1 感染から発症までの潜伏期間が長く(確定ではないが14日間程度と見られている)、潜伏期間中にも感染力を持ち、感染しても無症状、軽症の例が多い。発症の2日前からウイルスを外に出し、感染源となる可能性が指摘されている。

 2 体外でのウイルスの生存期間が長いと推定される(独ルール大学ボーフムとグライフスヴァルト大学の研究グループは、近縁ウイルスであるSARSとMERSについて調べ、病院のドアノブなどに付着したウイルスの生存期間は「最長9日間」と結論づけている。一方、ドアノブなどに付いたインフルエンザウイルスの生存期間は、「最長1〜2日間」)。

 3 インフルエンザと異なり、「抗ウイルス薬」も「ワクチン」もない。

「潜伏期間が長い」「潜伏期間中も感染」「感染しても無症状が多い」「体外での生存期間が長い」ということは、インフルエンザ以上に“見えない(うちに急速に流行する)ウイルス”だということです。

 だからこそ、できるだけ“見えないウイルスを可視化(流行の現状を把握)”することが、対策の第1歩となります。イベントの自粛や学校の臨時休校を要請するにも、本来であれば、エビデンス(「市中感染率」の現状や推移など)が必要です。ところが、「検査対象」が絞られて、その肝心のエビデンスがないのです。

“新型コロナ検査難民”

「自分も新型ウイルスの検査をしてほしい」と不安を感じている方も多いと思います。現状では残念ながら、「希望者全員の検査」は不可能です。インフルエンザのように、「数分程度で迅速かつ明瞭に判定できる簡易な検査キット」はないからです。

 しかし、PCR検査は、日本の「検査能力」に比して、「実際の検査件数」があまりに少なく(2月21日正午時点で「日本は1522人(クルーズ船は除く)」、ちなみに2月25日午前9時時点で「韓国は2万3443人」)、「報告されている感染者数」は、明らかに“氷山の一角”です。これでは、感染症対策の要諦である「流行の現状把握」などできません。“公式の感染者数”が、この程度でとどまっているのは、単に「検査対象」が限定されているからです。

 結果として、患者さんと最も身近に接する臨床現場の医師が、理不尽な状況に置かれています。

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source : 文藝春秋 2020年4月号

genre : ニュース 政治 医療