「店に若い人は来るの?」と渡辺京二さんに訊かれたことがある。私が営む店の経営を心配しているので、そんなことをおっしゃるのだ。
若い人も来ますよ、と答えると、渡辺さんは満足そうに、そうかそうかと相槌を打つ。そして、オルグしなさいよ、と言う。オルグって知ってるか? とニヤッと笑う。もちろん冗談だ。うちは組合でも組織でもない、ただの書店だ。ただの書店だが、渡辺さんにそそのかされて、幾人かの仲間と『アルテリ』という小さな文芸誌もつくっている。その創刊号の巻頭言に「40代の若い女性が中心になって、熊本にささやかな文芸誌が生れる」と渡辺さんは書いた。数年が経ち、私は50代になったが、卒寿を迎えた渡辺さんからしたらそれでも若いということになるのだろう。
若い頃は、自分より若い人たちと話すのはどちらかというと疎ましかった。自分たちも疎まれている存在だとはもちろん気付かない。でも、ようやく最近、年を重ねた者は若い人たちへ何かしらの義務があるという漠然とした気持ちが芽生えてきた。店に若い人は来るか、という問いかけは店の心配だけではないのだと気が付いた。
店を訪れた大学生から、「小学生の頃から店に来ていました」と言われたことがある。最初はお母さんに連れられて来たそうだ。高校生になってからは1人で来ていたと言う。いまは熊本に住んでいないので、ずいぶん久しぶりに来たのだとおっしゃった。地震の直後に店を引っ越したのだが、移転後の店舗には初めていらしたようで、「無事、引っ越されてよかったです」と彼女は言い、話しているうちにうっすらと瞳に涙が浮かんできたのを見て、うろたえた。名前も知らないお客さんだというのに、そんなに心配してくださっていたのかとおどろいた。
彼女は赤いシルクの糸で編んだネックレスをしていた。見覚えのあるネックレス。それは以前店で売っていたもので、アクセサリー作家になった元スタッフが作ったものだった。当時の自分にとっては贅沢なものだったのだが、すごく欲しくて、思い切って購入したのだと教えてくれた。
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source : 文藝春秋 2020年4月号