去年の令和元年はひどかった。というか令和元年という文字を入力するのは仕事も私用も併せてこれが初めてだ。「令和」も初めてかもしれない。普段は西暦しか使わないということもあるのだが、改元のただ中で嫌なことばかり起こったため、令和元年の個人的なイメージはすこぶる悪い。だから口にするのも書くのも嫌だった。でも「令和2年」は特に抵抗がないので、とにかく「令和元年」が嫌だったのだろう。
そういうわけなので、年が明けた時の解放感はかなりのものだった。終わった! と踊るようなのではなく、とにかく終わった……、としみじみ噛みしめながら、大晦日から元旦にかけての初詣から帰宅して『孤独のグルメ』の年末スペシャルを5回ぐらい繰り返し観て眠りについた。ここ5年ぐらいの年末年始は毎年、録画を貯めていた英ITV版の『ミス・マープル』を1話ずつ新しく観るのが習慣だったのに、令和元年の陰鬱さに負けて、すがるように残り少ない在庫を観てしまい、もう新しく観られるマープルがなかったのでやばい、と心配していたのだが、なんとか乗り切った。
繰り返すが、令和元年は嫌な年だった。私的には、仕事の上での行き違いが多かったし、社会的な事件もひどいものが何度もあった。少しだけ関係があったものといえば、6月16日の明日新幹線を使って上京しなければいけない、という日に、新大阪駅からそう遠くない千里山の交番が襲われ、巡査が刺されて拳銃が奪われた事件だった。逃亡していた犯人は結局、上京当日の明け方に逮捕されたのだが、それまでずっと気が気ではなかった。世間を騒がせる犯罪を犯す人が本当に思い上がってる、と思うのは、実際に他人にひどいことをする他に、こんなふうに無為に不特定多数の人間を不安に陥れる権利が自分にだけはあると思いこんでいるところだ、と考えながらなんとか上京し、竹橋という駅でメールを確認すると、とても信頼している知人が帰宅中に倒れたという報が入っていた。
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source : 文藝春秋 2020年4月号