障害と感じるスポーツ

巻頭随筆

伊藤 亜紗 美学者・東京工業大学教授
ニュース 社会 スポーツ

 障害は引き算ではない。たとえば目が見えない人は、目が見える人から視覚を差し引いた存在ではない。彼らは、聴覚や触覚を使って捉えられる、彼らならではの世界に生きているのだ。

 道案内をしてもらうと、そのことがよく分かる。「パン屋の匂いがしたらあと30歩行ったところで右」「コンビニの自動ドアの音を確認したら、そのすぐ先の、縁石がちょっと欠けているところが建物の入り口」晴眼者が看板やランドマークを目印にして歩くところ、彼らは音印や匂い印、ときに触印をマークしながら、街を見ているのだ。

 スポーツも同じである。視覚障害者の100メートル走は、目が見える人が行う100メートル走とは全く違う。サッカーが、手を使わないという制限を課すことでラグビーと全く違う競技になっているように、「見ない」という条件が加われば、それは競技として全く別のものになる。まっすぐ走るにはどうすればいいのか? 伴走者がいるなら2人で全速力で走るにはどうすればいいのか? 競い合うポイントが変わってくるのだ。

 ゴールボールの選手に話を伺ったときも衝撃を受けた。たとえばフェイントのかけ方。見えていれば顔の向きや重心のかけ方で騙すところ、ゴールボールでは音を使ってフェイントをかけるのだ。ゴールボールのボールは中に鈴が入っていて、選手はその音でボールのありかを把握する。ということは、音を鳴らさないようにボールを投げれば、相手の意表をつくことができるということだ。

 どうやって音を消すか? 回転である。ボールを横回転させると、中にある鈴が同じ位置にとどまって動かないので、音が鳴りにくいのだそうだ。ボールをまるで楽器のようにあやつる。見える世界のスポーツではなかなか出あうことのない発想である。

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source : 文藝春秋 2020年4月号

genre : ニュース 社会 スポーツ