液体のりとiPhone

巻頭随筆

野本 貴大 東京工業大学助教
ニュース 社会 医療

「どうして液体のりをがん治療に使おうと思ったのか?」と聞かれると冗談交じりに「安かったから」と答えることが多い。だが、ホウ素中性子捕捉療法という放射線治療に使用する薬(ホウ素薬物)に液体のりの成分(ポリビニルアルコール)をくっつけて治療効果を向上させようと発想したのは考えに考え抜いた結果だった。ホウ素中性子捕捉療法は、正常な細胞を破壊せず、がん細胞だけに作用できる優れた治療法だが、ホウ素薬物ががんから直ぐに消えてしまう欠点があった。

 アイデアが生まれたのは約4年前のことである。欠点の解決方法について、ボスの西山伸宏教授と話し合っていた。我々の得意とするところは高分子(大きな分子)だから、薬に高分子をくっつけることにした。問題はどのような高分子を使うかだった。

 話し合いを終えて自分のデスクにもどり紙とボールペンを用意した。ホウ素薬物の構造式を描いた。どこに高分子をつけるかは決まっていた。ホウ素がついている部分だ。それ以外の場所だとホウ素薬物の利点が失われる可能性が高いことは文献で調査済みだった。どうやって結合させるか? そういえばホウ素と強く結合する物質を最近の論文で読んだ。その物質をホウ素薬物につなげて描いてみた。さらにそれをつなげて高分子にした。最新の化学を駆使した力作だ。しかし、合成するだけで職の任期が過ぎそうだった。仕切り直しだ。

 他の人気のある化学構造にしてみた。今度は合成できそうだ。合成に必要な試薬を調べた。高い。若手研究者2年分の研究費が消える。

 その後も色々考えたが、流行りの化学を追いかけると時間とお金がかかり自分のような若手研究者には到底まかなえなかった。ある程度の流行をとり入れた方が専門家から高く評価してもらえるが、そうも言っていられない。

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source : 文藝春秋 2020年4月号

genre : ニュース 社会 医療