小池百合子東京都知事の要請に応え、昨年9月に4人目の副知事のポストに就いた宮坂学氏は、現在52歳。ヤフー(現・Zホールディングス)元社長の経歴を買われ、東京のデジタル化戦略を担ってきた。かつて“爆速経営”と評された経営手腕は、新型コロナウイルス危機にどう生かされているのだろうか。
宮坂氏は小池都知事肝いりで立ち上がった「対策サイト」を担当している。今回、その舞台裏を明かした。
全庁横断型サイト
東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」は、3月4日に立ち上げてから間もなく2カ月がたちます。4月23日には累計の訪問者数が800万人を超えました。都民の間に感染拡大への不安が拡がるなか、私は副知事として、情報発信の重要性を日々実感しながら、この対策サイトを担当しています。
このサイトが注目をいただいた要因は、「陽性患者数」や「検査実施人数」「検査実施件数」などが一目でわかるグラフの見やすさ、わかりやすさだと思います。「日別」と「累計」のボタンをクリックするだけで、グラフが入れ替わり、視覚的に推移を理解できるところは当初から、歓迎されていました。
東京都の対策サイト
サイトでは、東京都が入手できるデータをもとに、「都営地下鉄の利用者数の推移」「都庁来庁者数の推移」もグラフで掲載しています。
始動したのは、立ち上げ1週間前の2月26日。全局長が出席する対策本部会議で、小池百合子知事から「広報を強化しましょう」と提案があり、ついては、私に担当してほしいと直接話がありました。都内の感染者はまだ35人に止まっていましたが、都内で初めてとなる死者が出た日のことでした。
宮坂氏
私が最初に考えたのは、部局ごとに情報発信したのでは、全体像がつかみづらいものになってしまうので、政策企画局を中心として全庁横断型でひとつのサイトに一元化すること、そしてデータ中心で見せることでした。
各部局が持っているデータを整理するのは都庁の仕事ですが、開発を請け負ったのは、日ごろから情報技術と行政をつなぐ活動をしている民間団体の「コード・フォー・ジャパン」のエンジニアやデザイナーたちです。
「オープンソース」で47倍速に
サイトの開発にあたっては、「オープンソース」という手法を取りました。世界中の技術者が集う「ギットハブ」と呼ばれるサイトにプログラムのソースコード(プログラム言語で記述されたテキスト)を公開することで、誰でもサイトの修正を提案してもらえるようにしたのです。
これはインターネットの世界では当たり前のことですが、行政の中では極めて異例な方法です。
実際、世界中の市民エンジニアから900近い修正提案があり、驚いたことに、台湾のIT担当大臣で、天才プログラマーとして世界的に著名な唐鳳(オードリー・タン)さんからも修正提案がありました。中国語の「繁体字」の表記について、「体」を「體」に変更を提案する、という一点ではありましたが、本当にすごい経歴の方なので、開発チームも「おおっ」と燃え上がりました。世界的な危機に国境を越えて貢献しあう――これが「未来」なのかもしれないと感じました。
ソースコードは、無償で複製してもOKなので、データを入れ替えれば他の自治体もすぐに使えます。東京都が最初の一つの“型紙”を提示して、それを全国の自治体で修正しながら使っていただいて、いわば寄ってたかって改善した方が、進化は47倍速になる――それがオープンソースの考え方です。危機に直面した住民にとっての情報ニーズはどこも同じなのに、47都道府県がそれぞれオリジナルサイトを開発していたら時間がもったいないですから。
現在、北海道や沖縄県まで全国の自治体や各地の有志たちによってプログラムを活用したサイトが立ち上がっています。アメリカのサンフランシスコや台湾のバージョンもできたそうです。
多くの人に都の対策サイトが使い勝手がよいと判断してもらえたとしたら、参画してくれた、開発コミュニティの皆さん、そしてこのスタイルでの開発を容認してくれた知事のおかげだと思います。
小池都知事
現代最強の利器を生かす
よく誤解されるのですが、IT業界に長く身を置いてきたとはいえ、私は技術のエキスパートではないし、プログラマーでもデザイナーでもありません。ヤフーでやってきたのはマネジメントのほうで、特技のある専門家たちを集め、チームとして力を発揮してもらい、プロジェクトをまとめ上げることを自分の仕事としてきました。
でも都庁で同じことができるかといえば難しい。これまでとは比べものにならないくらい、はるかに大きな組織です。自分の力だと1000人くらいまでの組織だったらトップダウンで強引に動かせる気がするのですが、それを超えると無理だろうな――だから仲間の知恵を生かすマネジメントをしなければ――という感覚が過去の経験からもありました。
ですから今回の対策サイトの構築の場合も、私が先頭になって最初のきっかけは作りましたが、そこから先は職員たちに引き継いで、彼らの創意工夫で、ボトムアップで動いてもらうほうがいいと考えました。実際にいまでは政策企画局の職員が中心となって、外部の開発コミュニティとも協力しながら、完全に自分たちで仕事を回しています。
私の仕事は、情報技術に詳しい人間として意思決定の選択肢を提案することです。選択肢は提示するけれど、「その中からベストを選ぶのは現場でやってね」というスタイルが前々から好きなんです(笑)。なぜなら彼らの方が私よりも現地、現場を知っているからです。現地に近い方がより良い決定をできる「near is better」という考え方なんです。
もちろん、よっぽどのことがあれば「絶対にこうすべきだ」と言いますが、DeNA会長の南場智子さんが口癖のように「『ひと』ではなく『こと』に向き合え」と言っているように、往々にして組織では、問題そのものより、それを誰が言ったかが大事にされ、その誰かの考えが忖度されていきます。
私があまり頻繁に細かな点まで言いすぎると、現地、現場をもっともよく知っている職員が合理的な選択をやりにくくなる恐れがありますから、そこはバランスを考えてやっています。
また、先ほどプログラムの設計図を公開したという話をしましたが、今回の対策サイトの立ち上げでは、もう一つ大事な挑戦をしています。それはデータを「標準化」した上で「オープンデータ」を公開したことです。
少し説明を加えます。これまでの行政の公開情報では、同じ事柄に関する文書でも、自治体ごとに書式がバラバラなのがふつうでした。例えば、「日付・患者数・退院者数」という順番で記す自治体もあれば、「日付・退院者数・患者数」という順番の自治体もあります。形式もPDFだったり、エクセルだったりとバラバラでした。
コンピュータは現代最強の利器ですが、コンピュータを動かすには標準化されたデータが必要です。これは私の持論なのですが、これまでの行政の情報公開は、文書公開がもっぱらでした。文書は人間が読むように作られたものであって、コンピュータが読むのには適していません。
しかしコンピュータが読めるのは、標準化されたデータだけです。同じデータでも、標準化されたデータを公開しなければ、現代最強の文明の利器であるコンピュータに背をむけることを意味しますので、合理的ではありません。
この点、自治体が公開を前提として標準化されたデータをオープンデータと言います。これについては、4年前に制定された官民データ活用推進基本法のもと、標準化された書式は用意されていますが、徹底されてはいませんでした。そこで都は今回、使用するデータについて標準化された書式を整えオープンデータとして公開したのです。
他の自治体もこれにならってくれれば、長い目で見た時に、国全体でもデータを集計するのが楽になり、有益なデータを効率よく抽出しやすくなります。また、市民エンジニア(シビックテックといいます)もオープンデータを再利用して独自のプログラムを開発することができます。
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source : 文藝春秋 2020年6月号