差別と偏見、自粛警察、正義中毒……コロナでバレた先進国の「パンツの色」

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危機の時こそ、その国の“本当の素顔”が明らかになる。イタリアに住むヤマザキさんと、日本に住む中野さんが、コロナ禍で明らかになったあらゆる「本性」を語り合った!

フリーライダーを罰することは快感

 ヤマザキ 今回、新型コロナウイルスによって、平時には隠れていた世界各国の「本性」が明らかになった気がします。下世話な表現を使うと、コロナが「お前はどんなパンツをはいているのか、脱いで見せてみろ」とそれぞれの国に迫っている。

 中野 ははは、確かに。各国の対応は驚くほど分かれ、その国の国民性とリーダーの資質の両方が赤裸々に露呈しましたね。普段はマッチョなことを言って恰好つけてるけど、実は穴の空いたパンツをはいていたとわかった国や指導者もありました。どことは言いませんけど。

 ヤマザキ パンツにもいろいろあるように、パンデミックで明らかになった先進国の「本当の顔」は十人十色です。なぜあの国とこの国はこんなにも対応が違うのか、すごく比べてみたくなる。

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中野氏

 中野 わかります。例えばマリさんが在住のイタリアと日本とでは、全然違いましたよね。

 ヤマザキ 私はイタリアに家族がいるため、両国を行ったり来たりしています。イタリアでは、医療崩壊が起きてしまい、3万人以上が亡くなりました。

 そうした悲惨な状況を間近に見ている夫には、日本の状況が全く信じられないようで、ある日の電話で「日本では緊急事態宣言は出されたが、憲法上強制力はない。個人の外出も店舗の営業についてもすべて自粛要請という形で行われている」と説明したら、「え、なんでそれが感染症対策になるの?」と、心底理解できないようでした。

 中野 私も海外の友人とよく話をするんですが、日本の「自粛」を説明するのは本当に難しい。

 ヤマザキ 「自粛警察」なんて特にね。自治体の自粛要請期間中に、わざわざ開いている店を探し出して市役所に通報したり、「店閉めろ」と張り紙が貼られたりする。ああいう極端な反応は「正義中毒」そのものですよね。そもそも、なぜああいった自粛警察みたいな人々が出てくるのでしょう?

 中野 人類は共同体を営む生物ですが、個人は共同体に一定の貢献や犠牲を払い、その代わり共同体から利益を受け取ることで暮らしています。しかし、中には共同体に貢献をせず、利益だけを得て「ただ乗り」する者(フリーライダー)もいます。わかりやすい例が、脱税しているのに社会保障などはしっかりもらっている人とかですね。フリーライダーが増えてしまうと、共同体は成り立たなくなってしまう。そこで人類の脳は、フリーライダーを見つけ、罰することに快感を覚えるようにできているのです。

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ヤマザキ氏

 ヤマザキ なるほど。日本では自粛しない店は「フリーライダー」だと認識されてしまったわけですね。

 中野 おそらくそうでしょうね。フリーライダーだと認識した対象に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。この快楽は強烈です。有名人の不倫スキャンダルが報じられるたびにバッシングが横行するのも、人々の脳内にこのシステムが働いているからです。しかも「正義中毒」は共同体が危機に瀕するほど、盛り上がりやすい。

 ヤマザキ 他人の不倫が正しいかどうかなんて余計なお世話と思うけど、人類の脳の仕組みである以上、これは誰もが陥ってしまう可能性があるということですよね。

感染者を出すことは犯罪!?

 ヤマザキ イタリア人に話して一番ウケたのは、大阪府が営業自粛の要請に従わないパチンコ店に対し、「店名を公表する」と警告したことでした。「エッ、日本って、店名を公表されるのがそんなにヤバイことなの?」というのがイタリア人の反応。しかし、日本では効果は絶大でしたね。皆すぐに店を閉めました。しかもその表向きの理由は「従業員を守るため」だった。日本では感染者を出すこと自体がもはや犯罪であるかのような扱われ方ですが、イタリアではまったくそんなことはありません。新聞では新型コロナで亡くなった方の実名がお悔やみ欄に連ねられていたし、コロナ患者は自ら顔出しして、「こんなに苦しいんだ、しっかり予防しろ」ということをSNSなどで積極的に発信しています。いわゆる感染者差別というのは全くと言っていいくらい、ない。病気での差別は数100年前までのプリミティヴな人間のやることだと捉えている。

 中野 本当に日本は「空気」ですべてが決まる国ですね。

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外出自粛を要請中

空気を読むは生存に有利?

 ヤマザキ 私は子供の頃から「空気」を読まない変わりものでしたが、宇宙人みたいに思われていたのでいじめの対象にもならなかった。

 中野 あ、私も全く同じ(笑)。

 ヤマザキ ただね、中学生の時、それじゃいかんと思いまして。同級生と仲良くなるために、当時絶大な人気を誇っていた「たのきんトリオ」を好きになる努力を必死でしました。全く興味がなかったけど、ギターが弾けるヨッちゃん(野村義男)なら技術力がある分いいかと思って。今でいう「ヨッちゃん推し」で友達を作りました。ただ、本当のファンではないから皆の話にはさっぱり付いていけない。毎日、机の上にヨッちゃんの雑誌記事の切り抜きが大量に置いてあるのを見て辛くなり、徐々にフェードアウトしました。空気を読むのは本当に難しい(笑)。

 中野 私も同じような経験がありますよ。日本のような流動性の低い社会においては、生存における最適解は、結局「集団の論理に従う」ことになってしまう。ずっと一つの共同体で過ごしているから、一度何か問題を起こしたら、それが10年、20年経っても烙印として残ってしまう。そうした社会では、目立たず、自己主張せず、長いものに巻かれるのが、最もダメージを受けない理に適った生き方になるんです。

 ヤマザキ 存在していないように生きるわけですね。

 中野 興味深いのは、アメリカやブラジルなど、社会の流動性が高くて移民が多い地域で爆発的な感染拡大がみられたことです。一方、日本のような流動性の低い地域は、それほど大きな感染拡大はなかった。

 この差はいったい何なのか。その謎を解くカギになるかもしれないのが、「新奇探索性」という観点です。新しいことを好む人とそうでない人がいますが、じつは新奇探索性をつかさどる遺伝子の存在が明らかになっており、アメリカやブラジルなどは新奇探索性が高い遺伝子を持つ人が多く、東アジアではそうではないということがわかっています。

 今回のパンデミックをみると、新奇探索性の高いタイプの遺伝子をもつ人が多い地域が、感染拡大地域と重なるように見えます。なお、このタイプは性的にもアクティブで、一夜限りの性体験が多い傾向があります。「浮気遺伝子」と言う学者もいるぐらいです。

 ヤマザキ 確かにイタリア人は新奇探索性が高い(笑)。新奇探索性の高さと感染拡大に何らかの関係があるのだとしたら、それは大変興味深いことですね。

不安を我慢しないイタリア人

 中野 そのイタリア人の“パンツ”についても、聞きたいんですが(笑)。

 ヤマザキ それこそイタリア人といえば、普段はアモーレにカンターレなどという動詞に置き換えられるくらい情動に身を委ね、悠々自適に生きている、というイメージが定着しています。もちろん日本と比べればその傾向は強いです。でも、こういう異常事態の時には、申し合わせたわけでもないのに、まとまりを見せる兆候がある。あれだけ群れや組織への帰属を嫌う人たちなのに。

 3月9日にコンテ首相がテレビで演説を行い、北部地域に限定してきた移動制限措置を翌日から全土に拡大すると発表しました。イタリア国民は家族全員でテレビの前に座ってそれを見て、あとは政府の要請に従った。外出禁止でストレスがたまる中でも、いろいろ楽しみを見つけたり、互いに励まし合ったりしながらなんとかやり過ごしていましたね。

 中野 ただ、初期に大規模なPCR検査を行ったことで、不安を感じた人々が病院に殺到し、医療崩壊が起きてしまいました。

 ヤマザキ 夫は日本のPCR検査の少なさを疑問視していましたが、私は逆に「医療崩壊が目に見えているのに、一斉検査なんて無謀過ぎる」と意見していました。

 イタリアの医療に関する問題は今に始まったことではありません。私が留学した80年代半ばから医療費削減の弊害は顕在化していました。私はイタリアで過去3回入院していますが、そのうち2回は一般の病室に空きがなく、廊下にベッドを設えてそこに寝かせられたほどです。

 また、ロックダウンをしたら、観光に依存するイタリアの経済は死んでしまいます。そういった弊害は考えていないのかと問えば「経済は生き延びている人間がいればなんとかなる、歴史上でもそうだった」と返されました。自殺を罪とするキリスト教の倫理観とともに生きている人たちと、リーマンショック時に3万人が自殺した国とで、対策が同じにならないのは当然なんですよ。イタリアだけではなく危機管理は国によって全く違う。自分たちの考える対策を標準と捉えて、他国と比較をする無意味さを痛感しました。

 そもそもイタリアの人は、意外に思われるかもしれないけど、スペイン風邪の記憶が伝承されているからインフルエンザや風邪などの感染症に対して神経質な人が多いのです。例えば、私の義母は毎年インフルエンザの流行にいち早く備えようとしていて、流行の兆しが見えると、家族分のワクチンを薬局から調達してきて、「備えあれば憂いなし」と皆に打ちます。以前、義母に「マリも打っておいたほうがいい」と言われ、やんわり拒否したにもかかわらず、隙を狙って腕に注射器を刺されたことがありました。「あんたが感染すると皆にうつすことになる!」と怒られて。

 中野 勝手に打っちゃうんだ。それはすごいなあ。

 ヤマザキ 容易に毒殺されかねない(笑)。イタリア人は衛生概念が低いわけではなく、病気やウイルスへの対処の捉え方が違うんですよ。彼らは疫病の不安を抱くと、「根こそぎ水際大作戦」で、初期の段階で徹底的に根本から断とうとする傾向がある。表面的な対策であるマスクの効果は信用してもらえない。

 中野 だから医療崩壊必至とわかっていても、PCRの大規模検査を進めざるを得なかったわけだ。

 ヤマザキ イタリアの人にはどんな不安も芽吹けばすぐに摘むという性質があります。心身にとって毒となる我慢は決してしない。

 たぶん今回も、そういった心理が潜在意識の中で働いたのだと思います。ただ、その作戦が成功したかどうかは別問題で、ICUどころか病床にもつけず、ましてや人工呼吸器など目にすることもなく亡くなる高齢者が多数いました。また、コロナが原因で亡くなっても、検査もされないまま納棺されてしまった人がロンバルディア州だけでも2万人越えだということがわかってきた。イタリアの報道はそういった失敗点も問題点も赤裸々に報告しますが、それも不安や不透明感を徹底的に嫌う国民の気質を反映していると言えます。

グローバル社会ローマ帝国

 中野 もう一つマリさんにお伺いしたいのはローマ帝国のことです。人類史の転換点では、疫病が大きなファクターとなってきました。ローマ帝国においても、ペストをはじめ大規模な疫病の流行が何度もあり、それが結果として文明の変化を促したのではと考えられます。

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source : 文藝春秋 2020年7月号

genre : ライフ 国際 歴史