コロナ後の世界で日本を守るのは「日本人の品格」だ

藤原 正彦 作家・数学者
ニュース 国際 中国
感染者減は「民度の高さ」と「静かな決意」の勝利だ。日本が強権を用いず、自粛要請だけでコロナを抑え込んだ事実は、中国「全体主義」に対する最大の反撃となる。
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藤原氏

世界の分断がコロナ後に深まる

 コロナウイルスによる感染を避けるため、家にこもることが多く、日本中、世界中の人々にストレスがたまっています。外に出て、自由に歩き、食べ、買い、話すといった普段なら当たり前のことが、いかに人間にとって大切だったかを思い知らされました。運悪く災難に遭った時、災難後を災難前よりよい状況にすることが肝心です。コロナ後の世界でコロナ前を取り戻そうとしてはいけないのです。それでは世界はどう変わるのでしょうか。経済的にはしばらく苦境が続きますが、これまでの世界を歪めてきた仕組みの欠陥がコロナ禍で露わとなったため、新たな価値観が誕生し、よりよい世界になるような気がしています。

 1600万人の死亡者を出した第1次大戦の末期、スペイン風邪がパンデミックとなりました。今からちょうど100年前の1920年に終わりましたが、世界で何と数千万人(新型コロナは5月23日現在33万人)が死亡しました。大戦争と大疫病にこりた世界は、国際平和のため1920年に国際連盟を発足させ、その中に保険機構を設立しました。WHOの前身です。平和と疫病回避のため国際協調しようという素晴らしい構想でした。この構想は第2次大戦後には更に発展し、国際連合の発足、その中に安全保障、経済、社会、文化、人道に関する機構を設立するなど広がりました。今回のコロナ禍により、この美しい構想が輝きを失い、部分的には機能不全に陥りそうな気がします。コロナ後の世界は、協調より分断で特徴づけられそうだからです。

 一つ目の分断は、覇権主義中国とそれを警戒する国々との分断です。米中貿易戦争という米中分断が、他の国々を巻き込み亀裂を深めていくということです。

アメリカは怪獣中国の生みの親

 中国は急激につけた経済力を用い、軍事予算をこの20年間で10倍にするという、世界でも図抜けた伸び率で巨大軍事大国となりました。2012年に習近平政権が発足すると、覇権主義的性格を色濃く出し始め、2015年の「中国製造2025」では、建国100年にあたる2049年までに各ハイテク分野で世界のトップになると宣言しました。ハイテク技術はほぼすべて軍事転用が可能ですから、ハイテク覇権とは軍事覇権のことです。また2017年には「国家情報法」を定め、「いかなる組織および個人も、法律に従って国家の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らねばならない」としました。まさに14億総スパイ宣言とでも言うべきものです。なりふり構わぬ軍備拡大は覇権のためだったのです。

 アメリカは20世紀初頭以来、日本の目覚ましい工業化や日清日露での勝利を見て、白人優位を覆しかねない有色人種国家と見なすようになりました。テオドア・ルーズベルト大統領が1906年に始めた対日戦争計画(オレンジ計画)や、1924年に定められた日本人をターゲットとした排日移民法はその表れです。その一方で、図体が大きいままいつまでも惰眠をむさぼっている中国を、日本の対抗として育てようと陰に陽に支援してきました。日中戦争では、中立のはずなのに莫大な軍需支援を行ったばかりか、米軍の現役パイロット100名を一旦退役させ、戦闘機100機とともに中国へ送ったりしました(フライング・タイガーズ)。戦後になっても、国連から台湾を追い出し、北京政府を唯一の合法的代表とし、理由もなく安全保障理事会常任理事国にまでしました。参加条件を満たさない中国をWTOへ参加させ、その為替操作や軍事的膨張を黙認してきました。現在の怪獣中国の生みの親はアメリカなのです。中国人に好意を持っていたわけではありません。むしろ戦前のアメリカでの中国移民の大半は低賃金労働者で見下されていました。私がコロラド大学で教えていた時、童顔をよりセクシーに見せようと夏休みにヒゲを伸ばしたことがありました。それを見た可愛い秘書のジャニスが「フーマンチューみたい」とニヤニヤしながら評しました。白黒映画で見たフーマンチューは間抜けな中国人でした。すぐに口ヒゲを剃り落としました。

 このアメリカがついに目を覚ましました。野心にかられた習近平の無思慮無分別無鉄砲な宣言が、愚鈍なアメリカをして1世紀にわたる長い誤りに気付かせてしまったのです。

習近平国家主席
 
習近平国家主席

 こうなったらアメリカも露骨です。中国の通信機器大手のファーウェイとZTEを世界市場から締め出すべく、スパイ疑惑などをでっちあげました。でっちあげはアメリカの得意技です。さらに、ファーウェイにはグーグルを搭載させないなど、ありとあらゆる意地悪をし、大打撃を加えました。正当な理由もなく中国からの輸入品関税を大幅に上げました。習近平としては、理不尽なアメリカに土下座するようでは国内での権威も地位も保てませんから、対米報復関税で応えました。

狡猾に振舞っていたヨーロッパ

 1世紀間にもわたり中国を育てたアメリカは愚鈍でしたが、ヨーロッパは狡猾でした。アメリカと同じ理由でヨーロッパも、20世紀初頭から日本に対し差別に基づく警戒心を抱いていました。アジアに植民地を保有していたから尚更です。ていたらくな清国しか知らない欧米は、中国には日本と違い白人を脅かすほどの資質がない、と誤解してしまったのです。日中戦争以前からドイツは中国に軍事顧問団を送り、来たるべき対日戦争指導に力を入れていましたし、イギリスは日中戦争で、ビルマ側から大量の武器を蒋介石に送り続けました。日本と中国を反目させることは、ここ1世紀間、今日に至るまで白人世界の基本政策なのです。日本に対する彼等の危惧は正しく、大東亜戦争で日本は白人勢をアジアから一掃しました。それを見たアジアの人々は、「白人など大したことない」と自信を得て、戦後の再支配を狙った旧宗主国を打ち破り、次々に独立しました。植民地という富の源泉を奪われたヨーロッパの日本への恨みは深く、戦後、訪欧の昭和天皇はあちらこちらで卵などを投げつけられました。他方の中国は歴史上1度もヨーロッパに危害を与えませんでしたから、アメリカが中国を甘やかすのを終始黙認していました。彼等は中国が、軍事大国となっても、南シナ海や東シナ海で乱暴を働いても、ウイグル、チベット、香港などで人権を暴力的に抑圧しても、いつもは自由平等人権などと偉そうなことを言うのに目をふさいでいました。EUの盟主ドイツなどは、中国にのめりこんでいました。メルケル首相は就任以来、企業団を引き連れ12回も訪中を重ねるなど蜜月状態だったのです(訪日はG7参加などを除き3回)。

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メルケル首相

 英仏伊なども中国による投資を、不振をかこつ経済の救世主のごとく思っていましたから、米中貿易戦争が始まっても高みの見物を決めこんでいました。1世紀間の好意を裏切られたアメリカの、党派を越えた中国への怒りが、単なる貿易赤字をこえ、全体主義国家による世界覇権への警戒に変質しているのを熟知しながらも、ヨーロッパは金の魅力に勝てず狡猾に振舞っていたのです。

 それが新型コロナにより変わりました。ウイルスの発生源でありながら、当初、人から人へ感染することを隠蔽し、武漢における惨状も明らかにしませんでした。遅くとも2019年12月上旬には異常事態を知っていながら、12月31日までWHOへの報告義務を怠り、隠蔽に躍起となっていました。そのため感染抑止に決定的な2020年1月だけで、武漢を初めとする中国から数百万人が海外渡航し(日本へは90万人)、ウイルスをまき散らしました。その後も発生源は武漢の生鮮市場とか、そうでないとか、ウイルスはアメリカがもたらした、などと苦しまぎれの虚偽情報を流しました。12月に武漢の実情を訴えた医者やジャーナリストの発信や論文は消去され、本人達のほとんどは今も行方不明です。武漢のウイルス研究所とその研究員へのアクセスは今も断たれたままです。独立機関による発生源調査を求めたオーストラリアには、拒否したうえ豪州産の牛肉に輸入制限を発動し、大麦には約80%の関税を課すという報復で応えました。

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source : 文藝春秋 2020年7月号

genre : ニュース 国際 中国