新型コロナウイルスのワクチン開発情報をめぐり、各国が蠢き始めている。特に中国と韓国は〈開発情報〉に猛アプローチをかけている。最大のターゲットは、日本だ。国家総動員で盗め──両国が仕掛けるサイバー攻撃の実態に迫る。
中国大使館関係者からの「異様な接触」
その訪問者はまったく予想もしていない人物だった。それに先んじてかかってきた電話にしてもまったく話の要領を得なかった。
日本の製薬メーカーの役員は現れた2人の男性を見て、一瞬でそれが分かった。
――日本人じゃない……。
顔立ちは日本人のそれだが雰囲気が違っている。役員の想像通り、男たちが差し出した名刺には、日本周辺国で多く使われている名前と日本の住所が英語で記載されていた。
役員の知り合いを介して強引なアポイントメントをとってきた男たちが告げた訪問の理由はストレートな内容だった。
「世界の医療現場で信頼を得ている貴社の開発力に、前々から高い関心を寄せていました。ついては貴社の事業をさらに発展させるため、投資を行うことで支援させて欲しい」
役員が戸惑っていると、男たちはさらにこう付け加えた。
「支援が実行されるに際しては、弊社から役員を入れて頂きたい」
*
このシーンは一見すると、どこでも見かける投資会社の、普通の活発な企業活動に映る。
しかし、最近になって日本の情報機関を通じて国に報告されたこのケースに、経済産業省(経産省)幹部は緊迫した。
その製薬メーカーとは、新型コロナウイルスの治療薬候補を用いた臨床治験を医療機関と共同で進めている真っ最中の民間企業だったからだ。
新型コロナウイルス
経産省幹部が“緊迫”したのはそのためだけではなかった。その他の製薬メーカーにも、出資話を持ちかける不審な電話が相次いでいるとの情報が非公式に上がっていたからだ。
それだけではない。
それら“不審な支援話”の中で、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発と研究に向けての民間企業の体制に留まらず、それに携わっている職員の氏名と肩書きも熟知しているようで、ピンポイントでアタックしている、との情報も上がっていたからだ。
また中国に駐在経験がある厚生労働省(厚労省)と経産省、さらに製薬メーカーの職員にも中国大使館関係者からの「異様な接触」(経産省関係者)がなされたという情報も挙げられていた。
報告の中には、複数の製薬メーカーの職員や、関連する省庁や地方自治体の担当部門の職員を特定したと思われる、添付ファイルが付いた不審な電子メールが送信されてきたという記述もあった。
中国の習近平国家主席
国家総動員でワクチン情報を盗む
同じ頃、アメリカの西太平洋から東アジア地域の軍事作戦を担当する「INDOPACOM(インドペイコム)」(インド太平洋軍)の関係者によれば、世界の通信を傍受し、かつサイバー攻撃に対処している「NSA」(国家安全保障局)と「サイバーコマンド統合軍」が、防衛省へのサイバー攻撃を監視する専門部署、通称「J6」と、ある重要情報をシェアした。
同サイバーコマンド統合軍関係者は、「J6」に対して、先日、中国人民解放軍のサイバー部隊が管理するとされるハッキングチームから、全世界の製薬メーカーと民間・公的な研究機関に対して一斉に、かつ波状的にハッキングが行われた、との前置きの後、その詳細を告げてから、こう付け加えたという。
「この中国のサイバー攻撃は継続する可能性が高い。ついてはこれらの動きに対して、両国のディシジョンメーカー(政策決定者)に強い警戒を促すための情報を共有したい」
それと前後して、アメリカ国土安全保障省が声明を発表していた。
「中国政府が支援すると思われるハッカーグループが、新型コロナウイルスのワクチンと治療薬剤ならびに医療機材の開発と臨床治験に関連する貴重な情報(以下、《開発情報》)を、それらに関わる職員を特定した上で盗もうとしているのを確認した」(筆者抄訳)
それと関連し、5月10日付の米紙ニューヨークタイムズも、
〈中国のハッキングチームとスパイが米国の研究所から新型コロナウイルスのワクチンと治療剤の開発情報を盗もうと努めている〉(筆者抄訳)
とした上で、こう続けた。
〈少なくとも10カ国余りの政府機関が、軍事・情報機関所属のハッキングチームを他国の新型コロナウイルス対応情報の収集に投じた〉(同)
《開発情報》の入手を巡る、各国の“目に見えない狂騒的な動き”の背景について、前出のインド太平洋軍関係者はこう分析している。
「中国のハッキングチームがターゲットとしているのはアメリカだけではない。イギリス、スイス、ドイツ、そして日本だ。それらの国々に共通しているのは、『ワクチン、治療薬と関係する医療機材の開発先進国』ということだ。ハッキングチームを投入した目的は、医学的に自国民を助けようとしたいがため、というだけではない。《開発情報》を盗んででも入手したいのは、他国に先んじて開発に辿り着き、それら貴重なワクチンや治療薬を武器に、通商と外交等で優位を得ようとする自己中心的で卑劣な野望に他ならない」
特に、ほとんどの国どうしの人的交流がロックアウトされている状況ゆえ、中国はこれまで以上に、サイバー攻撃を“猛烈に”仕掛ける結果となっていると、同インド太平洋軍関係者は語った。
日本が最大のターゲット
ターゲットとされている国々の中で、同関係者が強い警鐘を鳴らすのは、この日本だ。
「アメリカと英国は、これまで政府機関と、国防総省が所掌している防衛産業に限っては、対サイバー攻撃の『網』をかけて監視してきた。実態としてそれをやっているのは、NSAとサイバーコマンド統合軍、そしてGCHQ(英政府通信本部)だ。セキュリティ・クリアランスの問題があるので防衛産業の通信を監視している。そこまではできる。そして、今回、《開発情報》への脅威が高まった中、それら民間企業や研究機関にもその『網』を被せて監視を開始した。ゆえにアメリカと英国に次いで《開発情報》の豊富な開発先進国である日本こそ、最大のターゲットとされている可能性が高く、日本政府と関係省庁のみならず民間企業も最大限の力を投入して備えなければならない」
前述したニューヨークタイムズにもそれに関連して関心を寄せるべき部分があった。
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