King Gnuと夏目漱石 芥川賞受賞者インタビュー・遠野遥

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受賞のことば 遠野遥
 
 時々、自分の実力を超えた文章が書ける。「破局」で言えば、主人公が彼女と北海道に行き、一本の傘にふたりで入る、入らないのやりとりをするシーン。特別なことは何も起こっておらず、あまり関心を持たれない場面かもしれない。が、私はこれを書くことができ、此度の受賞によってある程度広く読まれることを、嬉しく思う。この場面だけ読んでも、何もわからない。だから、最初から読んで欲しい。
 書きかけの三作目には、傘のシーンと同じか、それ以上の手応えを感じる部分が既に複数ある。私は、デビューしてまだ十ヶ月であるし、日々鍛錬に励んでいるため、これからもっと面白くなっていくことになる。次作の発表まで少し間が空くと思うが、それまで覚えていて欲しい。

〈略 歴〉
一九九一年、神奈川県藤沢市生まれ。慶應義塾大学法学部卒。二〇一九年「改良」で第56回文藝賞を受賞しデビュー。
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「嬉しさとは何ですか?」

 ――遠野さんは2019年に『改良』で第56回文藝賞を受賞されてデビューされたばかり。2作目の『破局』がいきなり芥川賞候補作となり、見事受賞されました。昨日の会見ではあまり嬉しそうな顔をされず、「頭が追いついていない状況です」とおっしゃっていましたね。

 遠野 芥川賞を取って、嬉しいとか、嬉しくないとか以前に、自分の感情を把握できていないところが、昔からあります。意識がぼんやりとしていて、よく分かっていない。「嬉しさとは何ですか?」と聞きたいような感じです。

 ――人生で嬉しいと思ったことが一度もないということですか?

 遠野 そんなことはないです。「ファイナルファンタジー」をやっていて、レベルアップしたり、ラスボスに勝った時とか。

 ――会見では「マスクを外して笑顔を見せてください」と要望がありましたが、頑なに拒否されていたのが印象的でした。自分の顔を見られるのはお嫌いですか?

 遠野 嫌ですね。写真も嫌です。コロナの前からちょっとでも理由をつけてマスクをつけていました。マスクがあると安心します。ゲームのように、現実でも自分好みにカスタマイズしたアバターとかで生活できたらいいですよね。私に限らず、みんな自分がなりたい外見になれたらいいですよね。

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 ――遠野さんは神奈川県藤沢市のご出身ですが、小さい頃はどのようなお子さんだったのでしょう。

 遠野 小学生の頃は、かくれんぼや自転車での鬼ごっこが好きで、活発に遊んでいました。今より性格が明るくて、人を笑わせるのも好きでした。母親が家で音楽を流していて、よくDeep Forestの曲がかかっていました。曲にあわせて踊ったりしていました。学校の教室では変顔とかしていたし、嵐の櫻井君のラップの真似をしたり、アカペラも歌っていました。まずサッカー部に入っていたので、そこからして明るめですよね。子供の頃は結構スポーツをやっていて、スイミングスクールから始まり、小学校ではサッカー部、中学校では軟式テニス部でした。

 ――幅広くやられていますね。

 遠野 部活を通して体が鍛えられたり友達ができたのはよかったけど、スポーツをやっていた時間は別に楽しくなかったです。上手くならないといけない理由とか、勝たないといけない理由が私にはわからなかったから。身体能力やセンスも特にありませんでした。だから、どんどん競技を変えていくんですけど、結局スポーツはスポーツだったんですよね。

 ――そこまでして、なぜ続けていたのでしょう。

 遠野 まず、一度始めてしまうと、特にしたくもないことでも惰性で続けてしまう傾向が私にはあります。それと、「運動部に入ってスポーツをやったほうが、人として健全だ」みたいな価値観に染まっていたんです。最悪ですよね。過去をやり直せるなら、普通に文芸部とかに入りたいです。部室の窓からグラウンドを眺めていたいですよね。

 ――小説に触れたのはいつ頃でしたか?

 遠野 小学生の頃は、本はほぼ読んでいなかったです。中学生の時に『灼眼のシャナ』を読んで、それで初めて小説を能動的に読みました。今でも折に触れて読みます。そこから一般文芸にも触れるようになって、森博嗣さんや京極夏彦さんの作品を読んでいました。純文学の入り口は村上春樹さんですかね。特に『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭が好きで、パスタを茹でていると、知らない女からいきなり変な電話がかかってくるんですよね。「なんだこの話は?」と思わせる掴みが、すごく良かったです。でも、作家にしては読書の総量はかなり少ないほうだと思っています。

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ひたすら基礎練

 ――高校卒業後、慶應義塾大学法学部に進学されました。どのような大学生活を送られたのでしょう。

 遠野 高校3年生から始めたバンド活動を、大学でも続けていました。担当はギターだったんですけど、運指などの基礎練をひたすらやっていました。ライブもやるようになって、矢井田瞳さんや土屋アンナさんのコピーをしていました。最終的に、人前で何かするのは好きじゃないなと気づいて終わりましたね。特にライブって、パフォーマンスで盛り上がったりしますけど、自分の中にそういう衝動はなかったので。でもバンドを聴くのは好きです。

3作品を同時に応募

 ――大学在学時に小説を書き始められたとのことですが、きっかけは何だったのでしょう。

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source : 文藝春秋 2020年9月号

genre : エンタメ 読書 芥川賞