連続100日以上も領海侵犯し、執拗な挑発を続ける中国。尖閣諸島周辺は、いまだかつてない緊張感に包まれている。そして日本はついに自衛隊部隊の特別作戦を開始した。その全貌を明らかにする。
極秘の「前進配備」
今年6月、自衛隊内の日々の連絡、報告の中から1つの言葉が全国一斉に消えた。
《夏の態勢(たいせい)》――。
文字通り、今年の夏期間に予定される自衛隊の“ある組織と部隊の動き”を示す言葉だった。
しかしそれまでは頻繁に会話の中に登場していたのに、忽然と消えたのだ。
いや正確に言えば、《夏の態勢》という言葉を、会議や普段の会話でも口にするなと命じられたことに他ならない。
秘密の世界で使われる〈Need(ニード)to(トウ)know(ノウ)=知る必要がある者のみが知る〉の「掟(おきて)」が徹底され、つまり箝口令(かんこうれい)が敷かれたのである。
7月に入ると、その「掟」はさらに強化された。
《夏の態勢》という言葉そのものが、その“ある組織と部隊の動き”を示す「暗号」となったのだ。
そして8月上旬、暗号名《夏の態勢》は、ついに密やかに開始される(本稿は7月26日時点)。
沖縄県の本島を含む島々に、“ある組織と部隊”が極秘に「前進配備(ぜんしんはいび)」される。ちなみに軍隊で使う「前進配備」とは、有事に備えて必要な部隊を現場近くに向かわせるオペレーションの1つだ。
前進配備する“ある組織と部隊”の一つは、まず全国の陸上自衛隊を一括して指揮する「陸上総隊(そうたい)司令部」に陣取っている幕僚たちであり、それらで構成された「タック・シーピー」(Tac-cp)だ。「タック・シーピー」とは戦争の危険が高まった時、または戦争時に現場で構築する「前進司令部」のことである。
「陸上総隊」の「タック・シーピー」が沖縄に置かれることこそ、特別な意味を持つ。
今や、陸上自衛隊の全組織が事実上、「陸上総隊」の指揮下にあり、戦うための司令塔となっている。陸上総隊司令官の号令1つによってすべての部隊がオペレーションを行うのだ。
2018年、43名の死者、800人近い負傷者を出すなどの被害をもたらした北海道胆振(いぶり)東部地震でも「陸上総隊」は全国の部隊を指揮。隊員のほか膨大な数の輸送車の手配を行って被災者の生活支援や復興にあたった。
しかし、今、沖縄県では災害は発生していない。ゆえに「陸上総隊」の「タック・シーピー」が沖縄県にやってくるということこそ、イコール戦争や紛争などの「有事」に対する「即応態勢」をとるということだ。
訓練ではない真の「作戦」
《夏の態勢》に投入される“組織と部隊”は、それだけではない。
陸上自衛隊の「部隊」が沖縄本島もしくは島嶼部(島々)に秘密裏に展開する。だがどこに配備するのか、それは徹底的に隠されている。
編成、任務や装備のすべてが極秘扱いのその「部隊」の隊員たちは直ちに完全武装の上、24時間いつでも出撃できる「即応態勢」をとる計画だ。
さらにそれら「部隊」を極秘輸送するため、陸海空のヘリコプターと飛行機の「航空部隊」も本州からひっそりと飛来する。
特にこれら「航空部隊」の動きは密やかだ。
沖縄県内に到着後、通常訓練時に使われる格納庫や施設は一切使わない計画である。自らの存在を隠すため、別の組織の施設をカモフラージュとして使用するのだ。
カモフラージュはそれだけではない。
「陸上総隊」、「部隊」と「航空部隊」の「前進配備」は、一般部隊とは完全に切り離されて「即応態勢」をとる。
ごく限られた自民党関係者の間で密かに注目されているのは、これら部隊の動きに箝口令が敷かれている理由が「訓練」ではないということである。
「自衛隊は、毎年、『南方展開(ナンテン)』と呼ぶ訓練を行っています。北海道や本州の陸上部隊を、海上自衛隊と航空自衛隊も参加させた上で、沖縄県を含む南西諸島へ展開する訓練がそれです。航空機や艦船で装甲車やトラックをいかに早く運ぶかなどを検証する『訓練』です。しかし、今回の《夏の態勢》は『訓練』ではない。実際の任務、つまり本当のオペレーション(作戦)であるとの説明を受けています」(自民党関係者)
実は今回の《夏の態勢》は、2年前から準備されていたものだ。
当時の自衛隊最高幹部たちにはある特別な思いがあった。
その思いは、ある一つの言葉によって今でも幹部たちに受け継がれている。
〈陸も平素から〉
尖閣諸島の対処に際しては、海上自衛隊や航空自衛隊の出番が多かった。2つの部隊は、リアルタイムの行動が常に要求されているからだ。
しかし陸上自衛隊も、有事に対して本格的なオペレーションを行うことを決意したのだ。
中国公船の実態は「軍」
ではその「オペレーション」の目的とは何か。何のために、そして何をターゲットに行うのか。
事情を知る同自民党関係者は、沖縄県石垣市の「尖閣諸島」ならびにその周辺海域において、中国との戦争や紛争などの「有事」が発生した場合、緊急出動し、人民解放軍を駆逐するオペレーションを行うためだと証言する。
「8月は、中国の漁船にとって、尖閣諸島周辺海域での漁業が解禁されるシーズンです。同海域は、海流の関係などから水産資源の“宝庫”となっており、毎年、大量の中国漁船が押し寄せる。それに伴い、中国海軍の軍艦も“中国の漁船を守る”という大義名分で尖閣諸島海域に多数出現する。一方、日本の漁船にとっても豊かな漁場であり、8月は絶好の期間だ。その安全確保のため、海上保安庁や海上自衛隊も同海域で待機する。つまり日中の部隊が真正面で対峙することになるのだ」
尖閣諸島・魚釣島
その光景は毎年繰り広げられているのだが、海上自衛隊関係者は、
「今年の8月は緊迫度がこれまでとはまったく違って激変する」
とした上で、6月20日、中国の全国人民代表大会常務委員会が、中国国内の治安維持などにあたる人民武装警察部隊の指揮系統を明確化した『人民武装警察法』の改正案を可決したことに注目しているとして、こう続ける。
「この改正案には、ある重大な目的が隠されています。尖閣諸島周辺海域で領海侵犯を繰り返し、しかも年々活発化させている公船(こうせん)を運用する中国海警局は、日本の海上保安庁と同等組織と紹介される場合が多いのですが、実態は人民武装警察部隊の指揮下にあります。この改正案によって人民武装警察部隊に新たな任務が加わったのです。有事の際に、中国海警局が人民解放軍海軍の指揮系統の下で一体化して活動することが可能となりました。
しかも人民武装警察部隊が担う任務に『海上での権益保護や法執行』を追加したことで、『戦時』において、最高軍事機関である中央軍事委員会や5つの『戦区』の指揮官(日本の方面隊指揮官に相当)から指揮を受けると規定した。ごく簡単に言えば、中国海警局が中国海軍の指揮下に入っての作戦行動を可能とさせたことになるのです」
そこからイメージされるのは、尖閣諸島に出現する中国海警局の艦船は、中国海軍の指揮下で行動するという事実だ。
それはすなわち中国海警局の艦船をもはや“治安の維持”のためだけの存在ではなく、戦争を行う軍部隊として判断しなければならないということになる。
習近平国家主席
野望をむき出しにしてきた中国
前述したように、最近中国海警局の公船による尖閣諸島海域での活動が激しさを増している。
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source : 文藝春秋 2020年9月号