この病院では6月以降、死者はゼロ。第一波の時に比べ、なぜ重症患者は減ったのか。その理由を解説する
<この記事のポイント>
●治療手順が確立されたことによって、第二波で重症化の数が減った
●「回復者血漿療法」の研究が進んでいる。回復した人に血漿を提供してもらい、患者に投与する治療法のこと
●さまざまな後遺症があることもわかってきた。後遺症だけを見ても、一般のインフルエンザよりも怖い病気
忽那氏
完全に治る薬がない状況
日本で新型コロナウイルス感染症の患者さんが確認されてから8カ月が経過し、国内の感染者は累計で8万人を超えました。亡くなられた方は1500人を超えています。
現在は、7月にピークを迎えた感染拡大の第2波が終息しつつある状況です。第1波に比べて、第2波は重症者数と死者数がともに減少し、感染被害をほぼ抑え込んだと評価していいと私は見ています。
しかし、秋から冬にかけてどうなるかはわかりません。新型コロナは、気温が高いところより低いところ、湿度が高いところより低いところのほうが、感染が広がりやすいというデータがありますから要注意です。「Go To」キャンペーンが本格的に始まったものの、「外食や旅行に出かけてもいいのだろうか」と判断に迷われる方も多いと思いますが、完全に治る薬がない状況は、半年前と同じですから油断はできません。
私が勤務する国立国際医療研究センター(東京・新宿)は、駒込病院、墨東病院、荏原病院、豊島病院、自衛隊中央病院、聖路加国際病院と並んで、都内で新型コロナの患者さんを受け入れている、大きな病院の一つです。私はその中で国際感染症センターの国際感染症対策室に勤務し、ジカ熱などの感染症を経験してきました。当センターは新型コロナの重症者を比較的多く受け入れ、この8カ月で200人ほどの患者さんを診てきました。
国立国際医療研究センター
第2波で治療法が確立
私たちが感染者を最初に受け入れたのは、武漢市から政府チャーター機で邦人が帰国した1月下旬のこと。その時は「このウイルスで重症化する人は少ないのではないか」という印象を受けました。基礎疾患のある人が少なく、年齢もみな若かったのでほとんど軽症だったのです。
ただ肺炎のCT画像が特徴的なことが気になりました。胸膜の近くに“すりガラス影”と呼ばれる間質影が出ていました。禍々(まがまが)しい陰影というか、ウイルス感染症の肺炎では見たことがない邪悪な感じのCT所見だったのが印象に残っています。
2月に入ると、横浜港のダイヤモンド・プリンセス号から感染者が搬送されてきて、新型コロナの印象は大きく変わりました。チャーター機の時と違って、高齢の方が次から次へと重症化していく。その状況を目の当たりにして、「これはとんでもない感染症だ」と認識を改めました。過去に経験したエボラ出血熱などの感染症は致死率が高い半面、国内での感染拡大の懸念はそれほどありませんでした。新型コロナは重症度が高いうえに、感染力が強くて広がりやすい。専門医にとっても、まったく未知の感染症でした。
治療に当たる現場としては、治療法の確立が急務でした。
初期の治療は「カレトラ」という抗HIV薬で行われていました。新型コロナの治療薬が開発されるまでは、既存薬の転用で経過を見るしかありません。このカレトラは3月に治療効果が認められない、という臨床研究の結果が出てしまいます。医療現場はしばらく手探りで、いくつもの治療方法を試すほかありませんでした。
効果的な治療法が見えてきたのは、第2波を経験してからのことです。日本で最初に新型コロナの治療薬に認められたのは、抗ウイルス剤の「レムデシビル」でした。もともとエボラ出血熱の治療薬として開発されたもので、5月上旬に厚労省が緊急承認したおかげで、中等症や重症の患者さんに投与できるようになりました。
レムデシビルがウイルスの増殖を抑える薬であるのに対して、過剰な炎症を抑える薬が「デキサメタゾン」です。厚労省が7月下旬に発表した『新型コロナウイルス感染症診療の手引き(第2.2版)』には、「日本国内で承認されている医薬品」として、副腎皮質ステロイド薬のデキサメタゾンも追加されました。重症化を抑え、致死率を下げる効果が試験で確認されたためです。
レムデシビルとデキサメタゾンの併用は、現時点での治療方法としてほぼ確立しています。この2つに加え、抗凝固薬の「ヘパリン」を併用するケースもあります。新型コロナの中等症、重症には血液の凝固異常が起こることもあるので、それを抑えるための薬です。
感染者を多数受け入れた
6月以降は死者ゼロ
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source : 文藝春秋 2020年11月号