2020年の競馬界はスターホースの登場に沸いた。三冠馬コントレイルだ。無敗で臨んだジャパンカップで歴戦の古馬アーモンドアイの二着と初黒星を喫したが、2021年の飛躍を予感させる力を示した。管理する矢作芳人調教師(59)は、11月末時点で全調教師のうち勝利数トップ、厩舎の管理馬の獲得賞金は19億円超。全国屈指の進学校・開成高校出身という異色の経歴を持つが、自身を「コントレイルのようなエリートではなかった」と語る。
矢作氏
コントレイルは”優等生”
ジャパンカップを終え、多くの方から「いいレースだった」と声をかけていただきました。感動を与えられたことは光栄ですが、調教師としては負けて「悔しい」の一言です。これで引退するアーモンドアイと二度と戦えないのが悔しい。今はこの悔しさをエネルギーに変えて、次戦で勝つことだけを見据えています。
コントレイルを人間に例えると、学校で何をやらせても1番で、運動神経抜群の優等生です。競馬でよく走る馬というのは気性の荒い馬が多く、扱いに苦労することもあるのですが、コントレイルは扱いやすいし走るしで言うことがありません。
僕自身も、小学校を出るまでは周囲に同じように言われていました。将来は東大文Ⅰから法学部を出て、弁護士か政治の世界に進もうと思い描いていました。父親は大井競馬の調教師でしたが、今より競馬に対する世間の目が厳しく、ましてや地方競馬はどん底の時代。親は僕を競馬の世界からできるだけ引き離そうとしていました。
ところが、僕は開成中学に入ると劣等生になってしまった。中高と勉強そっちのけでテニス部に没頭し、さらに劣等生仲間から、麻雀、競輪、そして競馬を教わったのです。
昭和52年の有馬記念、高校2年生の僕は開門前から並び、ゴール前に1日中張り付いてテンポイントの勝利を写真に収めました。高校を卒業する頃には、大学進学せずに調教師になると心を決めていました。
当然、親は大反対。話し合おうにも取り付く島もない。何カ月も交渉した末、父親は、地方競馬でなく中央競馬に行くことと、競馬留学することを条件に認めてくれました。留学先はオーストラリア。ちょうど現地で就労できるワーキングホリデーの制度ができた初年度で、約1年、現地の厩舎や牧場で働きながら英語や調教技術を学びました。
ただ、留学からの帰国後は、すんなりとはいきませんでした。競馬の世界では開成卒なんてまったく意味がない。JRAの競馬学校厩務員課程の試験は2回、調教師試験は13回落ちました。競馬学校に入学するまでは父の厩舎を手伝っていましたが、当時、競馬学校は地方競馬出身だと受からないと言われたものです。真偽のほどはわかりませんが、反骨心が芽生えました。今でも自分は地方出身という意識が強く、反骨心で生きてきた人間だと思います。
無敗で三冠を達成したコントレイル
調教師は中小企業の経営者
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source : 文藝春秋 2021年1月号