先般、パリの凱旋門前の広場で、各国首脳が集って第一次大戦終結百年を祝う集会が開かれた。あの凱旋門は、ナポレオン時代のアウステルリッツの三帝会戦(仏露墺の三人の皇帝が会戦した)の勝利を記念して作られたものだから、各国首脳が集まるのにふさわしい場所といえるが、冒頭の挨拶で、マクロン仏大統領が、「古い悪魔が再度目ざめつつある」とナショナリズム(一国主義)の再度の勃興に警戒の声をあげ、トランプ米大統領の一国主義政治をあてこすった。それがよほど不快だったのか、トランプは、集会が終了したあとも他の首脳たちと肩をならべて歩こうとしなかった。
私は、大学二年生の頃、故あってパリに一カ月近く滞在したことがある。その間、ナポレオンの遺体が安置されている廃兵院(アンバリッド)近くに住む老婦人が宿代りに自宅を提供してくれたので、ナポレオンの墓を見ながら毎日を送った。それ以来、ナポレオンの栄枯盛衰まじりの波乱の人生に興味を持っている。ナポレオンは大変な人生を送った人と思うと同時にあまり尊敬できない人でもある。トランプもあまり感心できない人だが、同時に面白い人とも思う。
かつてパリにいた頃何度かパリ北駅から列車に乗ってベルギーのブリュッセル南駅まで足を運んだ。ブリュッセル南駅は、ナポレオンがイギリスのウェリントン公爵と最後の一戦を交えたワーテルローの古戦場の最寄り駅である。今なら凱旋門から地下鉄に乗り、パリ北駅で特急列車に乗り換えれば、ブリュッセル南駅まで一時間あまりで行ける。ヨーロッパの歴史に弱いトランプにはあの古戦場をぜひ訪れてもらいたいと思う。
最近、NHKのBSプレミアムで、1970年制作のセルゲイ・ボンダルチュクの大作「ワーテルロー」を見た。大変面白かったが、同時に大変な不満を感じた。これは島流しにあっていたナポレオンがエルバ島を脱出し、パリに戻り、英独蘭の連合軍と正面衝突して再び敗れる、いわゆる「百日天下」の最後の決戦の一日をソ連軍をフルに動員しての実写映像で描き切った映画史に残る傑作である。映画としては、今見ても傑作だが、リアルに起きた歴史的現実と比較すると、これでは話半分にしかならないと不満だった。何が足りないのかというと、戦場でのドンパチは実は話の半分で、もう半分は、後半戦の戦場の外で展開した、ロンドン市場でのコンソル公債(イギリス政府が発行する永久国債)の歴史上最大の売買による戦争資金の決済にあるのだが、映画にはその描写がなかった。
イギリスの戦争資金の調達・決済は18世紀からすべてこの形で行われてきた。ワーテルローの戦争資金もすべてこの形で調達されたから、イギリスの勝敗はこの公債の売り買いに直結していた。市場をにぎるロスチャイルド家は、戦場の情報をどこよりも早く手に入れるため力をつくした。馬車も、快速船も、飛脚もロスチャイルド家がほぼ独占していたから、大事な第一報は必ずロスチャイルド家に届いた。ワーテルロー戦の勝敗の情報もどこよりも早くロスチャイルド家に届くはずだった。
そして戦いの直後、ロンドン市場でのロスチャイルド家の最初の動きはコンソル公債売り(イギリス敗北)だった。そのニュースは一瞬にして市場のすみずみまで伝わり、債券価格は一日中ボロボロに落ちつづけた。夕方、額面の5%以下まで落ちたところで、ロスチャイルドはようやく売りを買いに切りかえた。それとともに実際には、イギリスがワーテルローで勝利したという真実のニュースが伝わった。債券価格は一瞬にして上がった。この一日で、ロスチャイルド家はイギリスの国家資金をほぼ独占的に動かせるだけの資金力を蓄えたといわれる。ロスチャイルド家といえども一国の市場を簡単に動かせるだけの資金力を最初から持っていたわけではない。特にロンドン市場のような巨大市場はそう簡単に動かせるわけではない。しかし、このワーテルローの勝敗に乗じたニセの逆打ち情報を流した上での、市場の完全把握は見事なまでに功を奏し、これ以後、ロスチャイルド家の市場コントロール力は不動のものとなったといわれる。
フェイクニュースが好きで、相場師でもあるトランプが、ワーテルローの古戦場を見ておくべき理由がここにある。
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