恐怖政治でも支持される、プーチンの強さの源を探る——
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▶︎いろいろと批判は受けつつも、ロシア国民の多くはプーチンを支持している。支持層の多くを占めているのは中高年の世代
▶︎めちゃくちゃな人物だったエリツィンの後、急に若くてきちんとした感じのプーチンが登場し、国民からすれば、頼りになりそうだと期待した
▶︎なんらかの形でプーチンは権力を持ち続けるが、それがどういう形になるかは今後のロシア情勢によるだろう
東郷氏(左)と小泉氏
反政府デモはロシア全土に
東郷 ウラジーミル・プーチン大統領(68)が、反体制派指導者であるアレクセイ・ナワリヌイ(44)の帰国をきっかけに批判報道の嵐にさらされています。ソ連崩壊からおよそ10年のタイミング(2000年)でロシア連邦の大統領に就任し、20年経っていまだに政権の座にあるプーチンは、昨年7月の憲法改正によって2036年までの続投が可能になりました。強権的でありながら絶対的なリーダーとして君臨し続けるのはなぜなのか、そして、いつまで大統領を続けるのか――外務省での経験も振り返りながら、この10日間改めて勉強しましたので(笑)、今日は小泉さんの胸を借りてお話しできればと思っています。
小泉 いえいえ、逆ですよ(笑)。今日は勉強させていただきながら、私の専門分野であるロシアの軍事・安全保障の観点からもお話しさせていただければと思います。
東郷 今年1月、ナワリヌイの関連団体が公開した動画が話題を呼びました。動画ではプーチンの別荘とされる「宮殿」の全貌が公開され、その建設費が約19億米ドルと報じられ、これは政府から利権を与えられた財閥から資金提供されていると指摘されています。この動画は公開から10日足らずで1億回以上再生され、反政府デモはロシア全土まで拡大。プーチン政権が危機に陥ったという報道が急増しました。私も動画を見ましたが、広大な敷地内に劇場、教会、スケートリンク、カジノ、さらにはプーチンの柔道のトレーニングルームまで設置されていて、豪華絢爛な造りでしたね。
小泉 あの建物は登記上、アルカディ・ロッテンベルクの所有なんですね。ロッテンベルクはロシアのパイプライン建設を牛耳る大富豪で、プーチンの親友でもあります。
実は、あの宮殿はロシアの金持ちの別荘としては大したことがない。ロシアの金持ちは私達が想像できないレベルでお金を使いますからね。プーチンがあれくらいの別荘を持っていても、意外でもなんでもない。大統領のみならず、これまで多くのロシアの高官たちが、豪華な生活を暴かれてきました。問題視する国民も一定数いましたが、彼らがそれで失脚したケースはありません。
東郷 動画を公開したナワリヌイはこれまでプーチン批判を続けてきましたが、昨年夏に毒をもられる事件に遭い、ドイツで療養中でした。今年1月17日に帰国し、モスクワの空港でそのまま当局に拘束されました。この拘束をきっかけにロシア全土で大規模な反プーチンデモが起こり、これまで、デモに参加した1万人以上が拘束されています。
このようなプーチンがなぜ20年間もロシアのトップとして君臨しているか、不思議だと思う人も多いでしょう。実はいろいろと批判は受けつつも、ロシア国民の多くはプーチンを支持しているのです。全盛期と比べると支持率は低下してきていますが、それでも60%の高いレベル。この支持層の多くを占めているのは中高年の世代ですね。
小泉 その謎を解くためには、さきほど東郷さんが指摘した「ソ連崩壊からおよそ10年のタイミングで大統領になった」という点が非常に重要になってきます。米トランプ政権で国家安全保障会議のユーラシア担当上級部長だったフィオナ・ヒルも、著書『Mr.Putin』の中で「プーチンは90年代のアンチテーゼ」だと書いているんです。まずはプーチンが登場する以前の90年代のロシアを出発点とし、プーチンの権力の源泉を探っていきたいと思います。
告発された「プーチン宮殿」
屈辱、貧困、混乱の10年間
小泉 90年代のロシアを振り返ると、ソ連崩壊とともに社会の基盤がガラガラと崩れ、国際的なロシアの地位も地に落ち、屈辱と貧困と混乱に塗れた10年間だったわけです。ハイパーインフレで貯金が紙屑になり、生活に困った警察官がマフィアの別荘の警備員をやったり、ロシア軍はチェチェンのマフィアに武器を貸して小遣い稼ぎをしたりする世界でした。私の妻はロシア人なのですが、彼女の実家に行くと、ソ連崩壊後にどんなに大変だったかと、延々と話を聞かされます。
東郷 まさに私は94年から96年にかけてモスクワで勤務して、ロシアが巨大な混乱に陥っていくのを目の当たりにしました。その前の70年代と80年代、2回のモスクワ勤務のときに雇ったお手伝いさんがまだ生きていたのですが、一人は周囲の人が助けてかろうじて生きている状態で、家内と2人で月に1回は差し入れをしていました。もう一人はまた雇うことにしたのですが、お金をごまかしたり嘘をついたりしたので、半年でクビにせざるを得なくなった。
小泉 そのような危機的状況の中で、国家のリーダーはエリツィンで非常に型破りな……酒を飲んで踊るとか、愛人のおばさんと歩いている時に橋から落ちるとか、めちゃくちゃな人物だった。そこに急に若くてきちんとした感じのプーチンが登場したわけです。KGBに勤務後、レニングラード大学学長補佐官、サンクトペテルブルク市副市長などを歴任し、国民からすれば、頼りになりそうだと期待した。
プーチン大統領
プーチンとナポレオンは重なる
東郷 プーチンが首相に就任したのは1999年、まだ46歳でした。当時、私は欧亜局長だったのですが、体力の限界にきたエリツィンが突然、なんの実績もないプーチンを抜擢して、「これが俺の後継者だ」と言い出したので仰天しましたね。完全にノーマークでした。
小泉 しかも、古巣のKGBやサンクトペテルブルク市から有能な若い人たちを引き連れて現れた。
東郷 プーチンに対する私の初期のイメージはボナパルト。フランス革命期の混とんとした時代に、コルシカ島から出てきた若き青年将校が混乱を収め、それと同時にフランスを強くしていく――ナポレオンのイメージにプーチンはぴったり重なりました。
印象深いのは、第2次チェチェン紛争です。その頃、モスクワやダゲスタンなどの国内3都市で爆弾テロが発生していたのですが、プーチンは首相に就任するやいなや、犯行グループをチェチェン独立派武装勢力と断定して軍の指揮を執り鎮圧した。それまでは大統領が安全保障、首相が経済対策という役割分担だったのに、若き首相が安全保障でも前に出てきた。その手際が見事だったので、国民の大きな支持を集めました。彼はボナパルト的に「ロシア国家の強化」に向かって、内外の政策を着実に実施していきました。
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source : 文藝春秋 2021年4月号