東芝買収劇&社長辞任の真相

大西 康之 ジャーナリスト
ニュース 企業
外資からの提案の背後には「国有化」の狙いが潜んでいた

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上級管理職を対象として定期的に社長に対する信任調査が行われていたが、直近の調査では、上級管理職の過半数が車谷氏に対して「不信任」と回答していた
▶今回の騒動の背後には、国家安全保障にかかわるエネルギー事業と軍事技術を手掛ける東芝を、「国の管理下に置きたい」と考えた経産省の思惑が見え隠れする
▶海外ファンドが主役とみられた今回の買収劇だったが、その背景には「国有化」の動きがあった

謎の辞任劇

 創立146年目を迎える名門企業で異常事態が起きている。

 4月14日、東芝の車谷暢昭社長が同日付で全ての役職を退くことが発表された。4月7日に英投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズからの買収提案を明らかにしたばかりだったから、急転直下、謎の辞任劇だ。

 2018年4月に東芝の経営トップに迎えられた車谷氏は、直近の2年間で営業利益を3倍以上に伸ばし、念願だった東証一部への復帰も果たすなど、一定の成果を残したとの見方もある。だが、車谷氏が推し進めてきたのは、主に固定費削減を中心としたリストラ策だ。収益の柱だった半導体メモリ事業の売却を余儀なくされた東芝にとって、次なる収益源の確立が急務だが、その成長戦略を描くまでにはいたらなかった。

 実は、就任当初から車谷氏の振る舞いには、社内外から違和感を訴える声が上がっていた。2018年11月、車谷氏肝入りの中期経営計画の発表会見が開かれたのは、六本木の高級ホテル「グランドハイアット東京」。出席した記者から「なぜこんな華美な会場を選んだのか」と質問が飛んだ。債務超過に陥ったばかりの企業トップとして、その姿勢が疑問視されたのだ。

 サイバー・フィジカル・システム(CPS)・テクノロジー・カンパニー、チェンジエージェント……、何かにつけカタカナ語を連発する車谷氏を冷ややかに見る向きも社内にはあった。

 2015年に発覚した粉飾決算の際には、西田厚聰氏ら歴代社長が、目標未達の部門長に対し「社長チャレンジ」という名目で常軌を逸した業績改善を求めていたことが判明した。こうした事態を繰り返さないため、上級管理職を対象として定期的に社長に対する信任調査が行われていたが、直近の調査では、上級管理職の過半数が車谷氏に対して「不信任」と回答していた。

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疑惑を残した車谷前社長

「お友達」との親密な付き合い

 筆者が東芝の異変を感じたのは、日本ゼネラル・エレクトリック(GE)会長やリクシル会長兼CEO(最高経営責任者)を歴任したプロ経営者の藤森義明氏が東芝の社外取締役に就任してから数カ月後のことだ。投資ファンド関係者からこんな声が聞こえてくるようになった。

「経営トップの車谷社長と、経営を監視する立場である社外取締役の藤森氏が夜な夜な飲み歩いているが、あれは許されるのか」

 2人が足繁く通っていたのは、東京・西麻布の交差点にほど近いワイン・バー「X」。一見様お断りの紹介制で、藤森氏が馴染みにしている店である。

 車谷氏が三井住友銀行に勤めていた頃から昵懇の間柄だった2人は、2017年にCVC日本法人で「同僚」となった。同年2月、藤森氏がCVC日本法人の最高顧問に就任すると、その3カ月後には車谷氏が同社の会長兼共同代表となったのだ。頭取レースに敗れた車谷氏が銀行からあてがわれたグループ企業トップの処遇を嫌ったため、藤森氏が呼び寄せたという。

 そして、車谷氏が2018年4月に東芝の会長兼CEOに抜擢されると、その1年後に藤森氏が社外取締役に就任。今度は、車谷氏が東芝に呼び寄せた格好だ。2人は夏休みになると、家族ぐるみで避暑地を訪れ、バーベキュー・パーティを楽しむ間柄であることも、まもなく社内で知られるようになる。「お友達疑惑」は深まるばかりだった。

 このケースは、単なる同僚同士が飲みに行くのとは訳が違う。一方は巨大上場企業における執行の最高責任者であり、他方は世界中の株主から、その監督を託された社外取締役である。親密過ぎる付き合いは、経営のガバナンスに疑念を生じさせる。

 かつて、日本の大企業の社外取締役は「外部の意見を聞きました」というアリバイ作りのためのお飾りで、執行部の意向に逆らわない「お友達」が大半を占めた。その頃の常識なら、車谷氏と藤森氏の親密な関係も「よくある話」の一つだった。

 だが、昨今は外国人株主が増えたことで、事情が変わってきた。利害関係のない独立した社外取締役が取締役会の過半数を占め、執行部を厳正に監督。必要とあらば、執行の最高責任者であるCEOの解任も辞さない。こうした米欧スタイルのガバナンスが日本の大企業でも常識となりつつある。社外取締役がお友達では、適正なガバナンスとはみなされない。

 粉飾決算で株主の信用を失った東芝なら尚更のことだ。ガバナンス改革が掲げられ、取締役会12人のうち10人を社外取締役にしていたものの、いくら数を増やしたとしても、CEO自らが馴れ合っていたのでは話にならない。

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藤森氏

窮地に立たされた車谷氏

 実は、ワイン・バー「X」には、もう一人常連客がいた。CVC日本法人の代表、赤池敦史氏だ。CVCの幹部を務めた3人がともにグラスを傾ける姿は何度も目撃され、海外投資家の間で問題視されていた。

 そして、今年3月18日にもこの3人は「X」に集まっている。東芝で臨時株主総会が行われた、まさにその日である。

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source : 文藝春秋 2021年6月号

genre : ニュース 企業